001:クリア



「ほら、とりあえず風呂入ってこい」
サンジに促されて、安宿の風呂の扉を開ける。
大量の水を含んで重くなった服を脱ぎ捨て、シャワーのコックを捻る。
冷たい水が、段々と熱いお湯に変わり、ゾロはほうっと息をつく。思いの外体が冷えていたのだろう。
当然だ。ずっと雨の中、傘もささずに立ちつくし、先ほどまで震えていたのだ。
体が温まると、心も解放される。
改めて先程の醜態を思い返し、なんてことをしたんだと顔が熱くなる。いくら取り乱していたからといって……。
ちらりと視線を脱ぎ捨てた服に向ける。
赤く染まったシャツは、もう使い物にならないだろう。
しかし、ズボンと下着は洗って乾かさねば、明日着るものが全くなくなってしまう。
シャワーついでに、服も洗ってしまうことにした。
洗うたびに、赤い色が流れていく。
また、捕らわれていた思考にながされる。
人を斬る感触。いつまでたっても慣れないそれは、稀にゾロを苛む。
普段は強靭な体と精神で支えているが、稀に、その隙間を縫って、ゾロの心を犯しにくる。
人の命を奪う恐怖と、人を斬ることに対する罪悪感。
強くなると、最強の剣豪を目指すと決めた幼い頃に、とうに覚悟はできていたはずだ。
そのためには、人を傷つけ、時には殺めることもあるということを。
傷つけた人間や、殺めた人間を慕うものから向けられるであろう憎しみを、すべてこの身に受けることも覚悟の上だ。
しかし、それに耐えられなくなる時がある。それが、先程の戦闘後であった。
きっかけは分かっている。いつも、人のあたたかみを感じた後だ。
何故、自分は人を斬るのか。何故、自分は人の生命を奪うのか。何故、自分は全てを捨ててまで最強を目指すのか。
何故、何故、何故、何故……!!
やりきれなさ、どうしようもない感情が体中を渦巻いている。
……それを救ってくれたのもまた、人のあたたかさだった。
あんなに己の感情を吐露したのは初めてだった。
己は弱くなってしまったのかと、ただ落ち込む。涙で清算できるほどのものを背負ってきたわけじゃない。
だが、何故かサンジのぬくもりは、ゾロの心を溶かした。
流されているのかもしれない。しかし、それは決して不快なものではなかった。
「おい、ゾロ!」
ビクッと、ズボンを洗っていた手が止まる。
突然のサンジの声に、ゾロの思考は現実へと引き戻された。
「早く代われよな!寒ぃんだよ!」
悪態が日常を思い起こさせた。ほっと肩の力を抜き、服を絞る。
わずかに口角が上がる。体も大分温まった。寒いと思考まで冷えるらしい。
先程までの考えが、ふいに馬鹿らしく感じた。
自分がなりたいから、最強を目指す。それだけでいいじゃないか。
この夢には、それだけの価値がある。
他人が聞けば一笑に付すだろうが、俺はそれでいい。
いつものゾロに戻りつつあった。それに気付き、あの阿呆の一言でこんなにも自分は変わるものかと驚いた。
知らぬ間に、あの阿呆の存在がとてつもなく大きなものになっていたことに、くすぐったさを覚えた。
温まりすぎただろうか、今度は熱くて頭がぼぉっとする。
寝りゃ治るかと、サンジと交代するため風呂を出る。


「ゾロ」
風呂からあがりほかほかのサンジは、頭まで布団をかぶったゾロを見て、苦笑しつつベッドに腰掛ける。
「ゾーロ。窒息するぞ?」
そう言って布団を剥がそうとするが、ゾロは布団を握り締めて離さない。
今更ながらに恥ずかしくなったのだろうかと、真っ赤な顔のゾロを想像する。
……可愛い。
サンジはにやりと笑い、おもいっきり布団にダイブした。
「ゾローー!!」
「ぐえっ!」
くぐもった呻き声が聞こえたが、相手が怯んだ隙に布団を引き剥がす。
「何照れて……ゾロ?」
うつ伏せになって枕で顔を隠しているゾロの顔は赤い。
確かに赤い……しかし、息が荒い気がする……。
それに、なんだか苦しそうな気がしないでもない…。
「おい、ゾロ!」
「それ、返せ………寒い……」
弱々しいその動きを見て、慌ててサンジはゾロの肩まで布団をかける。顔をこちらに向かせ、額に手を当てる。
「お前……熱い」
目を閉じたまま、更に布団に潜り込もうとするゾロを制止する。
「これ、どうみても風邪だろ……ったく、あの雨の中突っ立ってるから…!」
急いでサンジは風呂場に取って返し、風呂桶に水を張ってタオルを浸す。
絞ってゾロの額に乗せると、今度は出入り口の方の扉へ走る。
「氷貰ってくるから、大人しくしてろよ!」
言い捨ててバタンと扉が閉まる。
サンジがいなくなった途端、部屋は静かな空間となった。
「……騒がしいヤツ」
くくくっと笑い、出て行った扉を見る。心配されるってのも、悪くない。
瞼を閉じ、やってくる眠気に身を任せた。


額に冷たいものを感じ、ふと目が覚める。
「ああ、悪ぃ、起こしたか」
静かな声が聞こえた。ぼんやりしてたら、先程乗せられたであろう額のタオルを取り、替わりにサンジの手が触れた。
「ん〜、大分下がったか?」
「……どれくらい、寝てた」
「まだ1日が終わっちゃいねぇよ」
くいっと、サンジの服の裾が引かれる。たったそれだけの仕草でも、サンジは喜んだ。
ぼんやりとした顔でそんなことをされては、甘えているようにしか見えない。
「……お前も、寝ろよ」
「りょーかい」
にこやかに笑い、もぞもぞとゾロの布団にもぐりこむ。
「……なんでここに入るんだよ」
顔をしかめながら、くっついてくるサンジを引き離そうとする。
一晩中看病させるのも忍びないと思い言った言葉が、なぜ同じ布団に入るという行為に至るのか。
「だって、慌ててこの宿に入ったら、ダブルしか空いてないって言われたし?」
そう言われて改めて部屋を見渡すと、ベッドはこの大きなものひとつしかなかった。
それなら仕方ないとひとつため息を付き、追い出すのをやめにする。一応、今日は色々と助けてくれたヤツだ。
ゾロが不本意そうに大人しくなったのを見て、にっこりとサンジは笑顔をゾロに向け、抱きついてくる。
「やめろって……」
「え、まだ寒いんだろ?いいじゃん、毛布がわりだよ」
サンジはやたら嬉しそうにひっついてくる。
さわさわと腰を撫でる手は、どうにも良くない意志でもって動いている気がする。
「てめ……っ」
「あーごめん、つい…。別に今どうこうするつもりはないからさ」
言いながら、ゾロの頭を自分の胸に引き寄せる。
「病人に手ぇ出すほど落ちちゃいねぇよ」
嘘だ、という意思を籠めて睨みつけるが、サンジには頬を染めて上目遣いに見つめているようにしか見えなかったようだ。
すりすりと頬を寄せる。
「あ〜可愛い〜ゾロの匂い〜〜〜」
「―――――っ、この、変態っ!!」
前言撤回、力いっぱい蹴飛ばして布団の外に追いやる。
バサリと布団を被り直し、サンジに背を向ける。
「あはは〜、それだけ元気なら大丈夫だな」
その言葉に、からかいの中にある優しさに気付いてしまい、熱を持った顔をさらに赤くして体を丸める。
……こうっやって普段通りに接し、不安定な自分を引き戻してくれる。
今日だけで、一体何度救われただろうか。
悔しい。なぜいつも自分ばっかり翻弄されなきゃならないんだ。
しかしそれは、初めて自分に向けられた愛情だった。
嬉しいだなんて感じる己が悔しい。
悔しさの余り、ゾロは自身でも驚く行動に出た。
がばっと起き上がり、そこにある金髪を引っ掴み、思いっきり引き寄せて………唇を合わせる。
本当に、ただ合わせただけのそれは存外長く続き、サンジは驚きのあまり目を見開き、息をすることも忘れていた。
「………っ、ぷはあ!!」
ようやく解放され、口をぱくぱくさせて顔を真っ赤に染めるサンジを見て、ゾロはにやり、といつもの笑みを浮かべる。
その顔で、満足だった。
「礼を言うぜ、アホコック」
なんだか、視界が広くなった気分だ。それだけ今まで塞ぎこんでいた証拠だろう。
己が情けねェ。
しかし、落ち込むのはここまでだ。また前を向けばいい。
この熱も、明日には完全に下がるだろう。
だから、今は眠ってしまえばいい。
起きれば俺は、また強くなれる。

真っ赤なサンジを放っておいて、ゾロは再び布団に潜り込み、穏やかな眠りへといざなわれていった。
その後サンジはどうしたかというと………それは2人のみぞ知る。













あれ?ほのぼの?……最後はきっとほのぼの。
この後サンジはどうしたのでしょうか。
1.病人を襲う
2.部屋の隅っこで眠れない夜を過ごす
どっちでもうちのサンジくんらしくて好きですが(笑)
お題に沿ってない内容…?いえいえ、私の中ではクリアなのです!ゾロがね!