016:雪うさぎ



「ぶぇぇええっくし!!」
あー寒ぃ……。
胸ポケットから煙草を出して火をつけるが、別にそれであったまるわけじゃねぇ。
けど、ないよりいいだろ?

しんしんと降り続く雪。
ナミさん曰く、冬島が近いらしい。
おこちゃま達の雪合戦は多少の雪かき効果が得られるが、次から次へ降ってくるものだからキリがない。
ヒマを見つけては、スコップを持ち出していた。
力任せに掬っては海へ放り投げる。
ストレス発散に、この単調作業はもってこいだ。

そう。俺は今、怒っている。

誰であろう、愛しのコイビトであるはずの、あのマリモに。

喧嘩をすることくらいはよくある。
日常茶飯事。一日一回。いや、一回じゃ済まない。
大体はくだらないことから手が出る足が出る、乱闘に発展する、愛しのナミさんの愛の拳で止められる。
この繰り返しだ。
けど、今日は違った。
ナミさんが割って入らなかった。入れなかったんだろう。

俺が、本気で怒ったから。

喧嘩なんて、ただのじゃれ合いだ。コミュニケーションのひとつだ。
蹴って殴られては当たり前だ。
ただ、やっぱり許せないことってのはある。それは人それぞれだろう。

俺は、自分が大事にしているものに手を出されるとか、けなされるってのが大嫌いだ。
あいつは、それをやりやがった。
よりにもよって、あいつが。

以前あいつがプレゼントしてくれたネクタイを、あいつ自身の手で引き千切りやがった。

カッとなった。
でも、あまりの怒りのためだろうか。別に蹴りかかったりしなかった。
かわりに、全身から冷たいオーラが出ているのを自分でも感じた。
視線であいつを圧倒できる奴なんて、そうそういないだろ?
その時は、射殺せるんじゃねぇかと思ったね。
他の人間にとっては些細なことかもしれねぇ。
けど、俺にとっては許せねぇことだったんだ。

静かな怒りが去ると、今度は無性に腹が立ってきた。
俺の負のオーラに押されて誰も話しかけられず、俺はひとりで黙々と雪かきに勤しんでるってワケだ。

「今回ばっかりはぜってぇ許さねぇ。あいつ、俺のこと何だと思ってやがるんだ……」
ぶつぶつと言いながら、目の前の雪に思いっきりスコップを埋める。
怒りのパワーってのはすげぇな。普段出せない力を存分に発揮する。疲れを知らないとはこのことだ。
大量の雪を掬っては、海に投げ込んだ。
「本気で恋人かよ…そんなに俺が気に入らないなら、はっきりすればいいんだ……」
そんなことはない。ゾロはちゃんと俺を仲間以上に想ってくれてる。
わかっちゃいるが、今の俺は止まらない。
「照れ隠しにも程があるだろうよ。くそっ…しばらくあいつと同じ態度取ってやる…」



ザクッと、数十度目になる同じ作業をまた繰り返そうとした時。
見慣れない物体が視界をよぎった。
目を凝らすと、小さなそれが、ちょこんと俺の方を向いていた。

雪うさぎ。

少し近づくと、雪うさぎがしゃべりだした。

『ごめんなさい』

『もうしません』

『だから、許して…』

『ごめん、なさい…』

消え入りそうな声で、雪うさぎがなく。
俺はじっと、じっと見ていた。

『サンジ…』

いまだ降り続ける雪が、次第に雪うさぎにも積もっていく。
輪郭がぼやけはじめた雪うさぎが、途切れ途切れになく。

『ごめん…』

同じ言葉を繰り返す。
随分と、語彙力のないうさぎだ。
それでも、俺がちっとも動かないもんだから、必死に訴え続ける。

『嫌いに、ならないで…』

『ごめんなさい…』

声が震えている。
淋しいうさぎに、俺は一歩を踏み出した。
屈んで、雪うさぎに話しかける。

「俺が何で怒ってるか、わかるか?」

『…うん』

「もうしないか?」

『…うん』

「約束できるか?」

『約束、する』

「………。よし」

俺は立ち上がって、雪うさぎのすぐ傍に隠れていたうさぎの前に立った。
うさぎは、うずくまったまま、俺を見上げた。
「サンジ…ごめん……」
「ったく。何似合わねぇことやってんだよ」
「だって……」
「あーあー、それ以上泣くな」
「泣いてねぇっ」
「じゃあその真っ赤な目は何だ?うさぎさん」
「っ……でも、泣いてねぇ……」
「わかったわかった」
全く、憎たらしいと思ったらこれだ。
こいつはどれだけ、俺を翻弄すれば気が済むのかねぇ。
いつの間にか、あれだけ燻ぶっていた怒りが、すぅっと消えていた。

仕方ねぇから、今回はこいつのがんばりに免じて許してやろう。
あぁでも、これをネタにしばらくはいじめられるだろうか。
冷静になって考えてみれば……めったにない、可愛いゾロが見れたってわけだ。
早速今夜、いじめてやろう。



な?うさぎさん。




















えらく可愛らしいゾロになってしまった…。
雪うさぎにしゃべらせたかったのです。もちろんゾロの気持ちを。
直接、ゾロはサンジにあんなこと言えません。
うさぎさんが代弁してくれたんですね。