024:迷子



思わずゾロはため息をつく。
そこには、ゾロの半分もない背丈の子供が、目に涙を溜めながらゾロを見上げていた。



せっかく上陸するんならと船の縁に足をかけた所で、ナミの制止がかかる。
「ちょっとあんた!そのまま上陸する気!?一発で『海賊狩りのゾロ』だってばれるじゃない!」
ナミはパラソルの下、新聞を開きながら優雅に足を組んでいる。
今日の彼女はロビンとともに船番だ。ロビンの姿は見えないが、女部屋にでもいるのだろう。
ナミの言うことは尤もだった。
緑頭に緑の腹巻き、凶悪な目つきに三本刀とくれば、一瞬にして海軍に包囲されるだろう。
『海賊狩り』なんて異名がついているが、お尋ね者の海賊なのだ。
「……どうしろってんだよ」
「ちゃんと着替えてから行きなさいよ。どうせ言ったって刀は持っていくんでしょうから、せめてその頭と腹巻きはどうにかしなさい」
「………めんどくせェ」
「何か言った?」
黒い空気を纏って迫る姿は、なかなかに恐ろしいものがある。
ゾロは、大事に至る前にと、男部屋へそそくさと戻って行った。

甲板に出てきたゾロに、ナミは感嘆の声をあげる。
「あら、なかなかいいじゃない」
ひざ下までの黒のズボンにサンダル、ブルーのTシャツを一枚羽織り、髪の色を隠すために頭にはキャップ。
帯刀はしているが、随分と雰囲気は変わった。
「普段からそういうカッコすればいいのに。似合うわよ?」
「……毎日服を考えなきゃなんねェのがイヤだ」
「サンジくんにコーディネートしてもらえばいいのに」
「……いやだ」
「何で」
「すぐ脱がされるハメになる…」
「ああ……」
なんとなく納得してしまう。あの節操なしは、そうやって事あるごとにゾロにちょっかいを出すのだろう。
その節操無しが、男部屋から現れる。
「おいおいゾロ、なんつーコトをナミさんに聞かせるんだ!!」
「あらサンジくん」
「あぁナミさん!今日も麗しい…」
本日のナミの格好は、赤いチェックのミニスカートに白のノースリーブ。
そして、相変わらずそれでどうやって走れるんだと思うほどに高いヒールのサンダル。
美しい足のラインとボリュームのある胸を強調する格好だ。
「コレ、サンジくんがコーディネートしてあげたの?」
コレ、と、ゾロを指しながら尋ねる。
「ああ。ゾロはこういうの全くダメだからね」
「…あんた、よく脱がされなかったわね」
「…今日は出掛ける楽しみのが勝ってたらしい」
「そう、それは良かった」
じゃ、いってらっしゃいと、新聞に目を向けひらひらと手を振る。。
「いってきま〜す!珍しいもの見つけたら夕食に出すから楽しみに待っててね!」
ぶんぶんと大きく手を振りながら船を降りるサンジに、ゾロも続く。
本当はひとりで散歩にでも行くつもりだったが、サンジに捕まってしまったので仕方がない。
別にイヤなわけでもないので、サンジに続いて船を下りた。



「…あれ」
気付けば、人ごみで金髪頭を見失っていた。
案の定、である。
確かさっきまで、屋台風の派手なのぼりが立っている店で、サンジと店主が話していた。
あたりを見回すが、屋台風の店はずらりと並んでおり、色とりどりののぼりが目につく。
それではと金髪頭をさがしてみるが、この島では金髪は珍しいものではないようで、そこここに金髪頭が見える。
ぽりぽりと頬を掻いてみるが、ゾロの力ではどうにもならない。
「ま、いっか」
という結論に至り、気の向くままに歩きはじめた。

…なんだかさっきから、後ろをついてくる気配がする。
しかも、小さな……。
気のせいかと思い、たまに立ち止まってみたり店をのぞいてみたりするが、どうにも離れる気配はない。
とうとうゾロはため息を吐き、突然立ち止まって振り向く。
「うわっ!」
後ろにいた気配の主は、止まることも避けることもできず、ゾロの足に衝突した。
「何してんだ……?ガキ」
「あ……」
キャップをかぶったゾロの目元には影ができ、いつも以上に凶悪な目つきに見えた。
しかし、子供の視線に合わせるように屈みこんだおかげか、単純に疎いのか、子供の方は恐怖を感じなかったようだ。
「あ、あの……その…」
恐怖というより、動揺した目でゾロを見る。その目には、今にも零れそうな涙がたまっている。
「坊主、なんで俺の後をつけてきた?」
基本、子供や小動物には優しい目を向けるゾロだ。この子供にも、目に優しい色を湛えている。
怯えさせないよう、ゾロとしては極力穏やかに話しかけた。
「………おかあさんとはぐれて…」
「ああ」
「そしたら兄ちゃんを見つけて……」
「ああ」
「…かたな、持ってたから、強そうだと思って……」
「……で?」
「おかあさん、一緒にさがしてもらおうと思って……」
「……………」
なんて単純な思考なんだ。俺が悪いやつで人さらいだったらどうするんだ。実際海賊だし。こういうときは海軍だろ?
などと思うところはあったが、放っておくわけにもいかず、これからどうしようかと頭を巡らす。
「自分の家くらいわかるだろ?」
「おれ、旅行でこの島に来て……だから、全然わかんなくて……」
なるほど、完全に迷子だ。
……ああ、サンジの罵声が聞こえてきそうだ。
―――迷子のお前が迷子の世話なんてできるわけねぇだろ!
…うるさい、迷子じゃねェ。
すでに自分が迷子だと認めている思考だが、それはともかく、子供を巻き添えに森へ入ってしまうわけにはいかない。
その程度の自覚はあった。
迷子じゃねェ、気付いたら森にいたんだ……などという言い訳は通用しない。
再び、サンジに以前言われた言葉を思い出す。
―――迷子になったら、そこを動くな。俺が探し出してやるよ。
……そうだ、わざわざ探しに行くなんて面倒なことをせず、向こうからやってくるのを待てばいいんだ。
都合のいいことに、すぐそこに大きな噴水がある広場が見える。
待ち合わせなどにちょうど良さそうなそこなら、サンジだか他のクルーだか、子供の母親だかがいずれ見つけるだろう。
そう思い、子供をひょいと抱き上げる。
「…そこで、待ってるぞ」
突然抱えられた子供は驚き、慌ててゾロの頭にしがみつく。
しかし、視界が広くなり、今まで見たことのない高い場所から眺める街に、子供はすぐに頬を赤らめ、キラキラとした目を向けた。
「うん!!!」

ゾロは、噴水の淵に座り、刀を抱え込む。
子供はゾロの隣に逆向きに座り、靴を脱いでパシャパシャと水を蹴って遊んでいる。
よく笑う子供だ。ひとりで話してはゾロの方を見る。相槌を打つだけで成り立つ会話はサンジを思い起こさせた。
ちらっと周りを見渡すと、海軍もいるようだ。
刀を持つゾロを警戒しているようにも見えるが、子供が横にいることから、賊などではないと判断されているのだろう。
賞金首だとバレているわけではなさそうだ。
(歳の離れた兄弟、とでも思われてんだろうな。……まさか親子だなんて思われてねェだろうな……)
などど漠然と考えながら、子供の母親か仲間が通りかかるのを待つ。



どうにもタイミングが悪かったようだ。結局森の中に入ることになってしまった。
母親が、子供の捜索を海軍に頼んだのはいい。
子供が、刀に興味を示したのもいい。
かぶっていた帽子が風で飛ばされたのは不可抗力だ、仕方がない。
同時に物事が起こってしまったことが問題だった。
ちょうど、母親が子供を見つけたのと、子供が刀に触れ、ゾロが制したのが同時だった。
その瞬間に突風が吹き、帽子が飛ばされ、緑の頭が見えた。
母親の隣にいた海軍兵が、緑髪に三本刀は『海賊狩り』だと瞬時に気付いたため、ゾロが子供を誘拐したかのように見えてしまったのだ。
次の瞬間、母親の悲鳴と海軍兵の怒鳴り声が聞こえる中、ゾロは身をひるがえしたのだった。

(クソッ、どこだよここは!)
陽が徐々に落ちてきた森は視界も悪く、生い茂る木の葉のせいで方角も見失った。
空に星や月が見えようと、ゾロにとっては役に立たないであろうが。
追ってくる気配はなくなった為、ゾロは近くにあった木に体重を預け、ずるずると座り込んだ。
「――――っ」
左腿を手で押さえこみ、足を庇うように抱える。
押さえたそこからはまだじくじくと血が滲み出ていた。
森に入ったあたりだったか、草木が生い茂るそこに足を踏み入れた時、一瞬木の根に足を取られた。
その隙に、一発の銃弾がゾロの足を捉えた。
そのまま無理やり海軍を振り切ったが、弾は貫通せずに残ってしまったらしい。
(あー、マズった………)
足を抱え込みながら、昼間の子供を思い出す。
あの場に母親がいたようだ。だったら無事会えただろう。最後に見た顔は、なんだか必死だった。
子供というものはどうも苦手だった。どう扱っていいかわからないのだ。
しかし、あの子供にはそういった感情が湧かなかった。なぜだろう。
(……ああ、あいつみたいだった)
サンジのようだと思ったではないか。
こちらの都合など無視してまとわりついたり、ひとりでしゃべっていたり、よく笑ったり……。
子供の顔に、金髪の笑顔がだぶる。
(……逢いてェなあ……)
こんなことを考えるなど弱気な証拠だ、情けない……とは思うものの、その想いは勝手に募っていく。
「!?」
ふと、顔を上げる。勢いよく上げたせいで足に痛みが走るが、正面を見据えて待った。
遠くから、草を踏みしめる音が聞こえる。小さく灯る火が見える。
暗闇に溶け込む寸前の森でも、ゾロの目はそれを捉える事ができた。
「……いたよ」
煙草を銜えながら、サンジは呟いた。
「お前さぁ、森に逃げ込むのはやめろよな。探す方の身にもなれってんだ」
口では悪態をつくが、その目は心配げにゾロを見ている。
「はぐれたと思ったら広場で子供と戯れてるし、声かけようとした途端に海軍との追いかけっこが始まるし」
ゾロの前で立ち止まり、しゃがみ込んで目線を合わせる。
「森に入ったお前を見失うし、やっと迷子を見つけたと思ったら……」
まるで、ゾロが子供と出合った時のようだ。
目線を合わせ、優しい色を湛えている。今度は立場が逆だったが。
しゅるっと、ネクタイを解く。足を押さえているゾロの手をどけ、足の付け根近くを力いっぱいネクタイで縛る。
「っ……!」
「……こんな怪我してやがるし」
足の怪我に触らないよう、そっとゾロの体を抱きしめる。
「……あんま、心配ばっかりかけさせるなよ」
「…………悪い」
ゾロもサンジの背に腕を回す。安堵が心を満たす。
不安だったのだ。決して認めたくはないけれども。
いつも一緒にいるようになって、それが当たり前になって。
うざったく思うこともあったが、それが日常だったから。
初めて気付いた。いないという寂しさを。
自分の中に生まれるとさえ思っていなかった感情が、サンジのおかげで生まれてしまったのだ。
それを告げれば、この男はさぞ喜ぶことだろう。
しかし、それはまだ秘密だ。というか、恥ずかしくて言えやしない。
「お前、熱い…」
「………ああ」
「これ、弾まだ残ってるのか?」
「……みたい、だな」
サンジはチッと舌打ちし、顔を歪める。これからさらに熱が上がるだろう。早く手当てをしなければ。
「帰るぞ。お前、立てるか?」
「ああ、問題ない」
「……んな体で問題ないわけあるか。ほら、肩かせ」
今までのゾロならば、サンジの助けなど借りずに歩こうとしただろうが、今は素直に従った。
この体温がそばにあるのは心地よかった。
ゆっくりと歩きながら、サンジが訊ねる。
「なあ、なんであのガキと一緒にいたわけ?」
「…母親とはぐれたんだとよ。んで、なぜか俺に探してもらおうとしたらしい」
「迷子が迷子の世話なんかしてんじゃねえよ」
「ぷっ、……くはははは!」
あまりに想像していたセリフと似通った言葉を吐いたため、ゾロは思わず笑い出した。
「おいおい、何がおかしいんだよ」
「い、いや?……あはは!い、いてて……ははっ」
笑いがおさまらなくなってしまった。サンジの思考まで分かってしまう自分がおかしかった。
それほどまでに、一緒にいた時間が長かったのだろうか。
サンジといるだけで、さっきまでと別の森に見える。
サンジといることで、気分が晴れる。
それは、今までゾロの中にはなかったものだった。
「やっぱり、悪くないな。…っはは!」
「ったく、何ひとりで盛り上がってんだよ。わけわかんねぇな」
たまには迷子になってみるのもいいかもしれない。
新しい自分が見えたきがした。
迷子じゃないけど。












迷子が迷子の世話をする図が思い浮かんだため、こんなお話に。
しかし、何が書きたいかわからなくなり、意味不明なことになってしまった…。
ゾロはきっと、サンジくん依存症。なかなか表に出さないけど。