029:雨
「ったく、どこ行ったんだよあのマリモ…!」
サンジは土砂降りの雨の中、すでに役にも立っていない傘を差しながら走り回っていた。
ヤツとはぐれるのは、すでに当然の成り行きと化している。
何せ、本人は否定するが、天下無敵の方向音痴だ。少し目を離した隙に消えていることが多々ある。
首輪でも付けようかと本気で悩んだこともある。
誰でもいいから、打開策を教えてくれ、という気分だった。
今回も当然注意は払っていたが、本当にいつの間にか消えているのだ。
たとえサンジが、ゾロに話しかけている最中でも。
こればかりは仕方がないだろう。そんなゾロと付き合うことを決めたのはサンジ自身なのだから。
「クソッ、さっきまで晴れてたのに……」
買った食材を濡らしてしまうわけにもいかず、近くの店で傘を買い、荷物を船に置くために一度戻ってからゾロを探しに出た。
ゾロは大抵、どう迷ったらそこに辿り着くのかと疑問を感じる場所でばかり発見される。
森に迷い込む。逆の港に辿り着く。大通りから外れた酒場にいる時はまだマシだ。
なんと、山をひとつ越えていたことがある。さすがのサンジも、呆れて怒ることも忘れてしまった。
さて、今回はどこに消えたのだろうか。
この雨のせいだろうか、どうにもいい予感がしなかった。
「また厄介事に巻き込まれてんじゃねぇだろうな」
ゾロは、その首にかかった賞金のせいで、当然のごとく海軍や賞金稼ぎに狙われる。
時には大勢に囲まれることもあるので、血に濡れた状態で発見されることも少なくない。
野垂れ死んでることはないとは思うが、それでも心配なのはサンジの性格のせいだろう。
そしてできれば、怪我だってして欲しくはない。
サンジはこれまでの迷子パターンを思い出しながら、ゾロが行きそうな場所を探し続けた。
ふと、違和感を感じた。
暗く狭く、ゴミが転がっているような路地を走っていたときだ。
人の気配のような気がする。雨のせいで正確にはわからないが。
確かめるべく、奥へと足を進める。
角を曲がった瞬間、思わず息をのんだ。
転がる無数の人間。雨が降っていてもわかる血の匂い。
その中にひとり背を向けて立ちすくむ人物。全身に血の色を纏い、両手にある白刃も紅い色に染まっている。
元々白だったシャツは赤黒く変色し、いくら雨がそれを落とそうとしても、染み込んでしまった色は白には戻らなかった。
「………ゾロ」
ぴくりとも動かないゾロに声をかけてもよいものか躊躇われたが、放っておくわけにもいかない。
ゆっくりと、一歩一歩近づいていく。
「……おい?」
正面から顔を見るが、黒い雲に覆われた路地では表情がよく見えなかった。
そこにサンジがいるのに全く反応を返さないなどどいうことは普段はなく、それは異様な光景に見えた。
「……………」
「え、何?」
ゾロが、何か呟いた気がした。
「雨は………」
先程よりは幾分はっきりした声がする。
「雨は、好きなんだ………」
「……なんで?」
ただならぬ空気を纏っているが、穏やかとも思える声色に、サンジは話の先を促す。
「……雨は、流してくれるだろ……?」
「血も、嫌なにおいも、人を斬った感触も、この気持ちも………」
「全部っ、隠して、流して………!」
空が一瞬光ると同時に、どおん、と突然大きな音がする。
その瞬間、ゾロの顔がはっきりと見える。
いつもの無表情でも人を嘲笑う顔でもなく、苦痛を堪えるような、今にも泣き出しそうな顔をサンジに向けていた。
「……っ!」
あまりに悲愴な表情はサンジを突き動かした。持っていた傘を手放し、思わず抱きしめる。
頭を自分の胸に引きよせ、強く強く力を込める。
ゾロは抵抗するでもなく、されるがままになっている。
「……刀、危ない……」
「構やしねぇよ」
「……服、汚れる」
「どうせびしょ濡れだ、関係ねぇ」
胸に直接ひびく声に返す。
何があったのかは知らない。何かがあったのかさえわからない。
しかし、いつにないゾロの様子に、何かがゾロの中で起きたことは確かだ。
でなければ、このように突然感情を露わにするゾロなどあり得ない。
どれくらい雨に打たれていたのだろうか、体は完全に冷え切っており、小刻みに震えている。
刀もカタカタと音を立てるが、冷たい体を離す気にはなれなかった。
冷えた体に少しでも熱を戻そうと背を撫でるが、果たしてどれほど効果があるだろうか。
熱は戻らないかもしれないが、胸に感じる雨とは違った熱いものを流すこいつに、安堵を与えられればいいと思いながら、背を撫で続ける。
「なぁ、ゾロ」
少しでも、こいつの抱えてるものを分け合えれば……。
「雨、すげぇ降ってるな」
いや、ゾロはそれを望まないかもしれない。
「こんなうるさい土砂降り、なかなかないぜ」
だったら、気持ちのはけ口にくらいはなりたい。
「誰も、聞いちゃいないさ」
溜め込んでたら、体に悪いぜ?
「思いっきり………泣いちまえよ」
「っ!」
ビクンと、腕の中の体が跳ねる。カランカランと、刀が地に落ちる。
しばらく硬直していた体から力が抜けてきた頃、その手がスーツの背に回った。
「…っ、うっ……っく、」
頭を撫でる手は優しく、背を撫でる手は安堵を与える。
「っ、うああああああ!!!」
雨は、その声もかき消すほどに、強く降り続いている。
うわ…中途半端な終わり方…しかも、結構意味不明…。
雨に打たれるゾロを書きたかった。
続編も書きたい。たぶんほのぼの系で。もしかしたらエロい系で。