036:忘れ得ぬ記憶



フラッシュバック―――――それは、過去に起こった強烈な出来事が突然脳裏に蘇ること……。



よくある状況だった。
降りた島でゾロとサンジが共に行動することも、海軍に見つかり追われることも、振り切るために森に足を踏み入れることも。
倒さなければ己が倒される。今までに何度となく繰り返してきたことだった。
ただ、相手の人数が多かったために、避け損なって返り血を盛大に浴びてしまった。
それだけのことだった。
そのはずだった。



サンジは信じられないものを見た。
まだ周りに敵がいるにもかかわらず、ゾロが隙を見せたのだ。
それだけではない。
刀を取り落し、全身血濡れの状態で微動だにしない。
敵が襲いかかって来るのに、だ。
慌てて目の前の敵を蹴散らし、ゾロに斬りつけようとしていた海軍も薙ぎ倒す。
「おい!何してる!」
次々にやって来る相手を捌きながらゾロに目を遣る。
驚愕に、目を見開いた。
そこには、小刻みに震える血に濡れた己の手を、恐怖するかのような表情で見つめているゾロがいた。
戦闘中にも関わらず、己を失っている。
あのゾロがだ。
(まずい…!)
何が起こったのかはわからなかったが、このままでは捕まるのは時間の問題だ。
「反行儀キックコース!!!」
周囲にいた敵を一気に蹴散らし、取り落した刀を拾い、ゾロの手首を強引に取った。
「行くぞ!走れ!」
めずらしく、サンジは焦っていた。
今まで決して有り得なかったからだ。
ゾロは戦闘員としての自覚と誇りを持っているはずだ。
そのゾロが戦闘を放棄するなど、ただ事ではない。
まずは追手を撒かなくてはと、必死に森の中を走った。

やがて崖の下に出た。
ごつごつとした岩が続いているが、自然のものか人為的なものか、所々が空洞になっていた。
足場は悪いが、身を潜めるにはもってこいの場所だ。
サンジはその空洞のひとつに入っていった。
陽が落ちるには早い時間だったので、洞窟内もうっすらと明るい。
しかし、奥へ進めば進むほど、視界が塞がれていった。
「……ここまで来れば、問題ないだろ」
暗闇とはいえ、目が慣れればわずかに周りが見える。
ずっと手に持っていたゾロの刀を鞘に収めようと、半ば手探りでゾロの腰に手をやり、血振りをして納刀する。
「いいか、俺は薪を調達してくるから、絶対にここから動くなよ」
火が必要だった。
海軍に見つかる可能性も考えたが、それよりゾロが気になった。
顔を見なければ。いや、顔を見せなければ。なぜかそう思ったのだ。
ひとりこの場に置いて行くのは気が引けた。
だが、暗闇は駄目だと思った。
だから、できるだけ早く戻ることを告げ、再度この場から動かないよう言い含め、サンジは駆け出した。

「ぅぁぁあああああ……!!」
薪を抱えて戻る途中聞こえた声に、思わず足を止めた。
絞り出すような、苦痛の叫び声だった。
次の瞬間、猛然と走り出した。
「ゾロっ!!」
何度も躓きながら戻ると、ゾロが呻き声を洩らし、蹲っていた。
薪を放り出し、ゾロを抱える。
その体は、酷く震えていた。
「離せっ……離せぇっ!」
「ゾロ!俺だ!しっかりしろ!」
きつく抱き締め、背を撫でる。
ここまで取り乱し、周りが見えていないゾロに、サンジも動揺する。
「落ちつけ!大丈夫だ、ゾロ」
己にも言い聞かせるように何度も囁き、背を撫で続ける。
まだ息は荒いが、次第に落ち着き始めたゾロを感じ、サンジはゆっくりと体を離した。
「火を焚くから、少し待ってろ。……すぐだから」
放り投げた薪を掻き集め、常備しているマッチで火を点ける。
次第に燃えていき、辺りの様子が見える程度に視界が回復する。
改めて見たゾロの様子は酷いものだった。
顔にも手にも血がべっとりと付き、白いシャツも真っ赤に染まっている。
先程抱き寄せたせいで己のシャツにも赤い色が付いていたが、気にせずサンジはポケットからハンカチを取り出す。
焦点の合っていないゾロに再び近づき、顔を拭ってやる。
しばらくおとなしくしていたゾロだが、急に焦点が合い、己の手を見た瞬間、サンジを押しのけるようにして飛び出した。
狂ったように叫びながら拳で何度も岩の壁を殴り、頭を打ち付けた。
「やめろ!ゾロ!やめろって!!」
必死でゾロを壁から引き剥がし、地面に体ごと押さえ付ける。
「どうしたんだよっ、しっかりしろ!」
サンジの声を拒否するかのように、耳を塞ぎ、固く目を閉じ、体を丸める。
初めて見るゾロの様子に、サンジはどうすればいいか分からず、途方に暮れた。
「くそっ、何があったんだよっ…!」
恐らく、殆どサンジのことを認識していない。
おかしくなったのは、先程の戦闘からだ。
(血を浴びたからか?けど、そんなのはいつものことじゃ……)
どうすればいいかは分からない。
しかし、ゾロをこのままにしておくこともできなかった。
「ゾロ、聞こえるか?おい、ゾロ」
また暴れて自分を傷つける行為に出ても駄目だと思い、体を押さえ付けたまま何度も呼びかける。
体を揺さぶり、声をかけ続けた。

どれくらいそうしていたか、固く閉じられていた目がゆっくりと開く。
握りしめていた拳が少しずつ緩む。
「ゾロ、分かるか?俺だ」
恐がらせないよう、そっと呼ぶ。
ゾロの顔が少し、サンジの方を向いた。
その目は、見ているのも痛々しい程、何かに脅えていた。
また、呼吸が荒くなる。
閉じ篭ろうとする意識を、サンジは無理矢理こちらに向けさせた。
「ゾロ、大丈夫だ。大丈夫だから……そんなに、怖がらなくていい」
頭を抱え、守るように抱きしめる。
「ゾロ、俺がわかるか?」
髪を撫でながら、ゾロの顔を覗き込む。
「…ぁ………?」
「俺だ。サンジだ」
「……サ、ン……ジ……?」
「あぁ、そうだ」
「………サ、ン、ジ…」
ようやくサンジをサンジと認識したのか、ゾロの手が背に回され、スーツを握り締める。
その手は、まだ震えていた。
しばらくそのまま動かなかったが、ふいにくぐもった声が聞こえた。
「……っくく、……くくくっ……」
顔をサンジの胸に隠しながら笑いはじめたのだ。
「ゾロ…?」
「………フフフっ……おかしいだろ?まだ……忘れられない……」
突然、震える声で話し始めた。
サンジは、出来るだけ刺激しないようにと心掛けながら、耳を傾けた。

「初めて、人を殺した時……怖かったんだ……手が、真っ赤に染まった……」
「……当たり前だ。人を殺して、平気でいられるわけがねぇ」
「さっきみたいに、そいつの血を、全身に浴びたんだ……。覚悟、してたはずなのに……俺は、耐えられなかった……」
「………………」
「何度も何度も、自分を……刀が持てないくらいに、痛めつけた。……何故だと思う…?」
「……何故だ?」
「刀が、握れなくなったんだ。……くいなの刀が、ただの人殺しの道具に見えて……持つことさえ、恐ろしかった……」
「…………そうか」
「忘れられるわけがなかったけど……忘れたふりはできた。でなきゃ……壊れそうだった……」
「……たまに、ああなるのか…?」
「最近はなかった。だから、もう平気だと思った。………とんでもない…俺はまだ、引きずってる……」
自嘲気味に話すゾロが痛々しかった。
今まで一緒にいて、全く気付かなかった。
ゾロ自身も、己の醜態を晒すなど今まではできなかったのだろう。
だが、ゾロは打ち明けてくれた。それなら力になりたいと、サンジは思った。
「俺が、お前にしてやれることは、あるか?」
今までずっと顔を埋めていたゾロが、サンジを見た。
その顔は、やはり自嘲気味に笑っていた。
「それなら………俺に、痛みをくれよ」
「なっ……」
「すべてを忘れられるくらい、お前しか感じられないくらいに、痛みを与えてくれ……」
「……っ、んなことできるかよっ!」
「お前じゃなきゃ、できないんだ。………早く…。また……っ、おかしくなりそうだぜ……」
ゾロは苦しそうに眉間に皺をよせ、自分の体を抱きしめる。
爪が腕の肉に食い込む程だった。
「わかった!わかったから……それ以上、自分を傷つけるな……」
サンジも顔を歪め、唇を噛む。
結局、自分には何も出来ないのかと思うと、悔しくて仕方なかった。

頬を手で包み込み、口づける。
ゾロの呻きをすべて吸い取ろうとするような動きだった。
何度も角度を変えながら貪る一方、片手ですばやくボトムと下着を剥ぎ取る。
指を秘部へ滑り込ませようとすると、ゾロが嫌がるように首を振った。
「いらないっ……そんなの………無理やり、お前の、捻じ込めっ……!」
「バカ野郎、そんなことできるか!……快感で、全部忘れさせてやるよっ!」
「それじゃ、意味がないっ…!」
「そんなことねぇ!」
「いやだっ……!………っ、頼む、サンジっ…!」
「っ……!」
「耐えられねぇんだよっ、それじゃ!……頼むから、すべてを忘れられる、痛みをくれよ……!」
こんなに不甲斐なく、悔しい想いをしたことは、サンジにはなかった。
大事な人の為に出来ることが、その人を傷つける行為だなんて。
「……っ、くっそおお!!」
それが本人の望みだ。
だけど、二度とこんなことにはさせないと、固く誓った。
己の手をゾロの手に絡ませ、そのまま地面に押さえ付ける。
全く慣らしもしていないそこに、己のものを突き込んだ。
「うあああああっ!!」
ゾロの悲鳴が響きわたる。
その叫びはどこか、安堵を含んでいた。
サンジにとっては、それが一層悔しかった。
「ゾロっ、ゾロっ、ゾロっ!!」
いつものように感じる部分を狙ったり、強弱をつけたりは一切しなかった。
ただがむしゃらに、激しく突き入れた。
無理やり入れた為に己自身も痛みを感じたが、構わなかった。
それで少しでも、ゾロの痛みを感じられればと思った。
ゾロのそこは、鮮血を滴らせていた。
「サンジっ……サンジっ……!」
苦痛に歪むゾロの顔を見たくなくて逸らしていたサンジだが、呼ばれてゾロに目を向ける。
泣きそうな声で、言った。

「いつか、絶対…………乗り越える、からっ……!」

それは、懺悔にも、誓いにも聞こえた。
「……っ、バカ野郎ぉ!!」
サンジは己の白濁を、ゾロの中に叩きつけた。



意識を飛ばす直前、ごめん、と、言われた気がした。





















どうにもわかりにくい文章で申し訳ないです…。
続きそうな所で終わってますが続きません。
ふたりとも、自分で自分を傷つけたがる部分を持ってる気がします。
このお話は、ゾロの場合ですね。
苦しいことも辛いことも、いつかは乗り越えられる時が来ると思います。