039:蜜柑



「あら、めずらしい。あんたが寝てないなんて」
ナミが蜜柑の木の手入れをしようとやって来ると、すでに先客がいた。
いつもは甲板で昼寝をしている、緑頭の剣士である。
「おう、借りてる」
「別にいいわよ」
ゾロは木に背を預け、遥か後方を眺めながらぼんやりしていた。
(喧嘩でもしたのかしら)
この、サンジ曰く「寝ぐされマリモ」は、大抵は昼寝か鍛錬をしている。
ここに来るのは、光合成をする時だ。
つまり、緑に癒されたいと感じる時で、サンジと何かがあった時が多い。
それに本人よりも早く気付いたナミは、こうやって蜜柑の木にもたれてぼぉっとしているゾロを決して追い出したりしない。
相談されることもある。
(こんな時のゾロって、なんか手のかかる弟みたいなのよね〜)
やれやれと呆れる一方、そんな一面を自分に見せてくれてると思うと、ナミはなんだかくすぐったい気がしていた。
とりあえずは話しかけるでもなく、黙って作業を始める。
自分から話したくなれば声をかけるだろうし、そうでなければこちらから聞くだけだと、ナミはハサミを動かす。

「今回はさ……」
しばらくすると、ゾロがぽつりと声を出した。
「俺が、悪ィんだ……」
「それこそめずらしいわね。いつもはサンジくんが謝り倒してくるのに」
「言っちゃいけないこと、つい口走っちまって……」
「……何て言ったの?」
「お前のメシなんか食いたくねェって……」
(あーそりゃサンジくん怒るわ……)
本当に、つい普段の喧嘩の中で言ってしまったんだろう。
コックとして絶大な自信と誇りを持っているサンジにとって、それは侮辱の言葉であった。
ゾロもそれをわかっているのか、だからこそめずらしくもヘコんでいる。
「あいつ、すげぇ怒ってる」
実はゾロは、サンジとは毎日喧嘩しているとはいえ、本気で怒らせたことは今までにほとんどない。
こうやって稀に怒らせてしまうと、どうすればいいのかわからなくなるのだ。
「素直に謝ってきなさいよ」
「できればやってる。……あいつ、聞く耳持たねェんだ」
(ということは、ちゃんと謝る気はあるってことね)
しょうがないなぁと、ナミは苦笑する。
後方の海を眺めるゾロの頭に、ぽんっとひとつ。
ナミは蜜柑を乗せた。
「サービス」
ぼんやりとした顔のまま、ゾロは初めてナミに顔を向けた。
(ずいぶんカワイイ顔しちゃって)
「きっかけにしなさいな」
そういって、小さな籠いっぱいに収穫した蜜柑をゾロの横に置き、自身もそこに腰かけた。
どんなに怒っていようと、食材を無碍に扱うことはないだろうサンジ。
しかも、ナミが育てた蜜柑だ。仲直りのきっかけとしては最良なのではないだろうか。
ナミはきれいなオレンジ色に育ったそのひとつを籠から手に取り、皮を剥き始める。
ゾロもナミに倣い、頭に乗せられた蜜柑を手に取り、皮を剥いた。
「うん、おいしい」
「……お前、優しいな」
「あら、今頃気付いたの?」
「ああ。惚れ直した」
「でしょ?」
「……甘酸っぱいな」
「そんなものよ、蜜柑も恋も」
「そんなものか」
「そんなものよ」
ゾロはパクッと残りの蜜柑を口に入れ、籠を持って立ち上がる。
「サンキュな」
「がんばってらっしゃい。振られたら慰めてあげるわ」
「ああ。頼む」
ナミはくすくすと笑いながらゾロを送り出す。
そんなことにならないのはわかりきっている。
でも、傷心のゾロを慰める役目は、これからも自分でありたいと思っている。
(か〜わいいんだから)
年上のくせに、サンジもゾロも。
姉のような妹のような、そんな立場が、ナミは好きだったりするのだ。
「さ〜て、航海日誌でもつけますか」
ゾロとサンジが喧嘩したことまで書いてやろう、と、ナミはひとりほくそ笑んだ。

おやつがわりに、ロビンに蜜柑を持っていこう。
あぁ、うるさいからルフィ達にもあげようかしら。



今日のおやつは、ないだろうから。






















兄妹みたいなゾロとナミが好きです。
ゾロは元気のないナミに、頭ぽんぽんってしてあげたり。
ナミは元気のないゾロに、さりげなく傍にいてあげたり。
実はサンジくんの入る隙がないんじゃね!?ってくらい、ある意味ラブラブなふたりであってほしい(笑)