042:生と死と



「俺ぁ、いざって時はお前を見捨てることだってできるぜ」



……そんな話をしたのは、どれくらい前だろうか。



「はぁ……はぁ……」
体中が痛ェ……ちっとも前に進まねェ気がするし、日も落ちてきた。
「クソッ……おい、いいかげん起きろよ」
初めは肩を貸して歩いていたはずなのに、いつの間にか俺が引きずることになっていた。
意識のない体は重てェんだよ。
あぁ……クソッ、刀が重いなんて……そんなのは気のせいだ。

ったく、銃弾が飛び交ってる中に突っ込んできやがって……。
そんなもん、俺が斬れないとでも思ってるのか。
そりゃあ全部叩き落とすのは無理だろうが……コックなんぞに庇われる謂われはねェ。
おかげで結局俺が苦労するハメになるんだ。
追撃を振り払うために入った森は、都合がいいのか悪いのか、月明かりに照らされてはじめていた。

「っ……」
視界がぶれる。
そう感じた瞬間、俺は土の上に顔から突っ込んだ。
「……っ、ごほっ、ごほっ…!………っぅ」
咳込むだけで体中に響く。ビィンとした痛みをやり過ごし、ゆっくりと震える息を吐く。
何度か瞬き顔をあげると、視界は回復してくれたようだ。
だが、闇を落とし始めた世界は、結局徐々に周りを不鮮明なものへと変えていく。
……このままでは、まずい。
コックを肩に担ぎ、震える足で何とか立ち上がり、できるだけ木が密集している所へ向かう。
夜が明けて血痕を辿られれば、見つかるのも時間の問題だが、空が明るくなりはじめるまでに移動すればいいことだ。
「うっ…うぁっ!?」
生い茂る草に足を取られて倒れこむ。
あぁ……カッコ悪ィ……。
全身が痛くて、すでにどこをやられたのかもわからない。
止血を…と考えた所で、ようやくコックのことに思い至った。
そういえば、何発か撃たれてたな…と思い、完全に暗くならないうちに止血してやるかと体を無理矢理起こす。
コックの体を仰向けにし、血の色がわからないので黒の上着は脱がせ、ネクタイをほどく。
「……コックのくせに。ムカつく」
右腕が撃ち抜かれていた。コックのくせに。
だが、腕の怪我はまだ幸いだ。右足には弾が残っているようだった。
「……少しくらい我慢しろ」
船へ帰って治療できるのは、いつになるかわからない。
ならば、今できる手を打っておくべきだ。
本当なら、火で消毒した方がいいんだが、追手に気付かれるとまずい。
刀を抜いて、できるだけ素早く、弾を抉りとる。
「ぐぅ……っ……」
呻きはするが、まだ起きなかった。……チッ、面倒くせェ…。
いつもは俺に起きろ起きろというクセに。
とりあえずそこをネクタイでぎゅうぎゅう縛り付け、自分のシャツを脱ぐ。
適度な大きさに破り、右腕に巻きつける。
脇腹にも銃創があるが、巻きにくいので残りのシャツを押し当てる。
まぁ……何もしねェよりかはマシだろ。
感謝しやがれクソコック。



……いつの間にか、意識を飛ばしてたらしい。
気がついたら、まだ夜だった。
ひどく息苦しい。体が熱い。
横を見ると、コックはまだ眠っていた。
こいつも息が荒い。
重い体を震える手で支えながら、なんとか体を起こす。
コックの額に己の額を当ててみる。が、よくわからない。
たぶん熱があるんだろうが、俺も熱い。似たり寄ったりの体温なんだろう。
喉が渇く。
だが、近くに水がある気配もないので、ないものは仕方ないと諦める。

「……このまま、起きなかったりしてな」
発した自分の声はひどく掠れていて、クッと笑ったつもりだったが、喉に引っ掛かって音にならなかった。
だが、声に出した瞬間、言いようもない感情が溢れた。
このまま、起きない?こいつが?
ありえない。
ありえないけど……。
もし。もしも……。

……もしもの話は嫌いだ。
そんな仮定をしたって仕方がない。
後悔するなら、その前に己ができることをやれ。
それが願いなら、叶える為の努力をしろ。
己が納得できる生き方を、しろ。
そう思ってきた。

俺は、自分のために生きてる。
夢の為に。
そのためなら、すべての障害を乗り越えてやる。
お前が俺の妨げとなるなら、見捨ててやる。
……そう、思っていた。

だが、いざ目の前に「死」というカードをぶら下げられた時。

俺には、それを選択できなかった。

己の死ではなく。
コイツの死を。

あの時見捨ててしまえば、俺はここで死にそうになってることはない。
コイツだって言った。
逃げろ、と。
しかし、それが出来なかった。
逆上して刀を振るったことも、いつ以来だろうか。

……結局、俺には出来やしねェんだ。
仲間を見捨てて、己の道を行くなんてことは。
そんなことをすれば……



きっと俺は、後悔するから。



そんな仲間に出会えたことに、俺は感謝してる。
神なんて不確かなものにじゃねェ。
お前達に、感謝してるんだ。
夢と同じくらい、命を懸けるに値するものだ。

「はは……あの言葉、取り消さねェとな……男に二言はなかったはずなのになぁ……」
見捨てるなんて、出来るわけがないんだ。
もちろんあの時は、本気でそう言った。
本気で、そう思っていたから。
……俺も、変わったもんだ。
だが、決して悪くはねェ。

「起きろよ……サンジ……。世話焼きは…お前の、専売特許だろ……」
あぁ……なんか、寒ィな。手が、冷たくなってきた。
おかしいな……頭は熱いのに……。
「俺に、世話かけさせんじゃ……ねェよ……」
自分の腹に手をやると、あたたかいものが触れた。
べちゃり、と嫌な音がする。
あぁ……そういや、自分の止血、まだしてなかったのか……。
血が流れすぎたから、こんなに寒くてぼぉっとするんだ。
「なぁ……眠ィ……」
体を支えるのも面倒になり、重力に任せるまま地面に再び倒れこむ。
そこで再び、意識が途切れた。



「起きたか?」
目を開けようとするが、光が眩しくて顔をそむける。
しかし次の瞬間、聞こえた声を認識し、慌てて跳ね起きる。
「……っ、痛っ……ぅ……」
体を起こしたはいいが、全身を駆け抜けた激痛に身動きできなくなり、息を吐くことすらできなかった。
「馬鹿ヤロウ、ケガ人が起き上がってんじゃねぇよ」
声の主に支えられながら、ゆっくりと体を横たえる。
そこでようやく、俺は目を開けた。
「……コック…」
「しゃべんな」
コックは俺の額に手をあて、脇に置いてある水差しに手を伸ばす。
「お前、3日間寝っぱなしだったんだぜ」
コップに注いだ水を己の口に含んだと思ったら、俺のそれにあててきやがった。
少しづつ、喉を水が通っていく。
そこでようやく、喉の渇きを自覚する。
「水飲ませようとしても、薬飲ませようとしても、一向に飲み込まねぇし」
指先で、零れた水を拭う。
「魘されるし、起きねぇし」
コップを脇に置き、顔を近づける。
「熱が上がったと思ったら、ひどく震えるし」
唇が触れあうかどうかの位置で、囁く。
揺れる瞳と、目が合った。
「…………心配した」
勢いよく、口づけられる。
抱きしめたかったが、腕が上がらなかった。
「俺、だって……」
コックが唇を離した瞬間、呟く。
「お前、が……死んじまう……かと………」
かわりに、こいつが抱きしめてくれた。
「馬鹿やろっ……お前の方が、重傷なんだぞっ…!何発、食らってたと思って……っ!」
そうだったのか。
全然起きねェから、てっきりお前が逝っちまうんじゃないかと思ったんだ……。
「……痛ェ…」
「わ、悪ぃっ!」
慌てて離れるコックを改めて見ると、全身包帯だらけだ。
やっぱり、てめェの方が重傷なんじゃねぇか?
「チョッパー、呼んでくるから」
「待てよ……」
お前もまだ寝てろよ。せっかくなんだから、俺の横でさ。
生きてるんだって、感じさせろよ……。

「よかったな、生きてて……」

後悔はしたくない。
だから、俺は俺の思う通りに生きるんだ。
お前だって、そうだろ?



共に生きると、決めたんだ。















ゾロにとって、仲間って大事なもの。命を懸けられるもの。
中でもサンジは、きっと少し違う。特別な何か。
そんなだといいな〜と思う。
……とか言いながら、実は血まみれゾロを書きたかっただけかも(笑)
あまりそういう描写にはならなかったけど。