094:腕の中



昼飯を食べ終え、後部甲板で昼寝を決め込んでどれくらい経ったのだろうか。

いつもなら鍛錬をしているのだが、今日は体が休息を求めていた。

昨夜のサンジは異様にやる気満々で、今朝、陽が昇るまで解放してもらえなかった。

おかげで寝不足だわケツに違和感が残るわ腰は立たないわで散々だ。

鍛錬は寝た後に、と思い、昼寝の体制に入ったのだった。

その時は太陽の光がぽかぽかと気持ちよく、穏やかな風がゾロの髪を揺らしていた。



「……子供か?こいつは……」

サンジがその場に訪れたのは、キッチンを片付け終えて一服も終えて、さてゾロと戯れようかと思ったためであった。

昼時は春の陽気、昼寝日和と感じられる天気だったが、今は太陽も雲間に隠れ、間もなく冬の訪れかと思わせる気候だった。

相変わらずグランドラインは不思議な所だ、などと感想を抱いても、この寒さがどうにかなるわけではない。

決して強く吹いているわけではないが風は冷たく、先程まで暖かかったせいで、少し気温が下がっただけで寒く感じる。

おそらくはじめは、いつものように胡坐をかいて腕を頭の後ろで組み、大口を開けて眠っていたのだろうが……。

今は寒さのせいか体を丸めて眠っていた。

「……それでも起きるという選択肢はないワケね……」

寒い中でも寝続けるゾロの寝汚さに呆れ、思わず呟いた。

しかし、ゾロの格好はいつもどおりに半袖だ。このままではいくら丈夫なゾロでも風邪をひいてしまう……かもしれない。

「おーい、マリモくん、風邪ひくぜ?」

とりあえず肩を揺すってみる。揺すられてううんと唸るが、目は開かない。

「ゾーロ、起きろって。それとも、あっついベーゼをご所望か?」

言いながらゾロに顔を近づけていくと、ふいに服を掴まれ、バランスを崩す。

あっと思ったのも束の間、勢いよくゾロに向かってダイブした。

ゾロはというと、しっかりサンジの体を抱きしめ、安心したようにふぅーっと長い息を吐き出す。

「……あったけぇ〜……」

いかにも寝ぼけてます、といった様子で呟き、今度はもぞもぞと抱き心地のいい場所を探る。

「……あんた、寝ぼけてる?」

答えはない。つまり、まだ寝ぼけているのだった。

「俺ぁ毛布代わりかい……」

思わずため息がでるが、ゾロから接触してくることは少ないので、嬉しかったりもする。

されるがままだったサンジだが、ふとゾロの剥き出しの腕に触れて顔をしかめる。

気温が下がったせいで、思ったよりも体が冷えていた。このままではやはり風邪をひいてしまう。

「おい、起きろって。寝るなら部屋行って寝ろ」

ぺちぺちと顔を叩くと、またううんと唸って、今度は起きようとしているのか、目をこすり始めた。

(やっぱり子供みてぇ……)

そんな感想を抱きつつ、やめさせようとゾロの腕を掴む。

「こら、目ぇこするな。バイキンが入るだろ」

「ん〜……」

まだ目が開かないのか、それでもなんとかうっすらと片目を開け、ようやくゾロの目がサンジを捉えた。

「あー…………さみぃ」

「あたりまえだろ!ったく、こんな中寝こけやがって。ほら、部屋行くぞ」

「んー、やだ……」

「やだ……って、んな甘えた声出すなよ。襲うぞ?」

「うるせぇ……」

ん…と鼻から抜けるような声を出しながら、再び目を閉じ、もぞもぞと体を動かす。

今度はサンジを抱きしめたまま横向きになり、自分の膝を曲げてサンジの腰を抱え込み、更に密着してきた。

「お……おい、」

しかも事も有ろうに、ゾロは股間をサンジのそれに押し付けてきたのだった。

それは激しい快楽を求めるような動きではなく、単に緩やかな心地よさを求めてのゾロの寝ぼけた行動であった。

ゆっくりではあるがゾロが腰を動かすその様子に、サンジの顔は一瞬にして真っ赤に染まった。

夜の営みの時は大抵はサンジから行動を起こす。

ゾロから求めることは、サンジのそれに比べれば格段に少ないことだった。

それが今、寝ぼけているとはいえゾロからの予想外の行動に、サンジは動揺を抑えられなかった。

「ゾ…ゾロ……?」

「んー……?」

「もしかして……誘ってる?」

「んー……………?」

全く頭が働いていない様子で、返事もままならない。

しかし、ゾロの動きが止まるわけではなかった。

「んー……んあ……はぁ、……んん、…………ん、ふっ……ああん…」

切なげな喘ぎ声に、昨夜の痴態が思い起こされる。

ゾロの様子に、サンジも徐々に反応していく。

くいっと腰を揺らすと、ゾロが気持ちよさそうに声を上げる。

昨日の今日、いや、今朝の今で……などと考えていたサンジだが、ゾロからのお誘いだ!と決心し、がばっと身を起こす。

ゾロの手を床に縫い付け、必死の表情でゾロを見つめる。

「ゾロっ!」

勢いよく口づけを交わそうとしたその時、ぱちっとゾロの目が開いた。

その目は情欲に濡れて………いるわけでは決してなく、あまりに普段の透き通ったゾロの目だった。

サンジは普通すぎるゾロの様子に思わず動きを止め、ぎこちなく笑顔を作った。

「お、おはよう……」

「おう、おはよう」

「……起きた?」

「?ああ、起きた」

「……今、何してたか覚えてる?」

「あ?………寝てた」

「……そう」

(なんだか悲しくなってきた……)

情けなさで涙が滲む。さっきまでのゾロは何だったんだというほど、あまりに普通のゾロだ。

「おい」

「はいっ!」

ゾロの声にびくっと肩を揺らす。

「便所」

ゾロの上に乗り上げたままだったサンジは、その一言に脱力する。

ああそうだよ、ゾロは寝ぼけてたもんな、んなことは分かってたよ、などど心の中で呟きながら、ゾロから降りる。

ひとり盛り上がってしまった気分と体は、悲しくも未練がましくゾロを求めていた。

おあずけをくらった犬のように、しょぼんと肩を落とし、床にのの字を書き始める。

ゾロは、背中にキノコでも生やしそうな様子のサンジを不思議に思う。

何があったのかは知らないが、なんだか落ち込んでいる。

ちょっぴり哀れな気分になり、元気づけてやろうかと、普段口にしない言葉をサンジに言ってみた。

「おやつ、楽しみにしてるから、な?」

そう言って便所へ向かう。

ゾロの後ろでは、サンジは目を輝かせ、ゾロの好きなものレシピを頭の中で高速回転させていた。















ゾロに翻弄される(?)サンジくん。
ゾロってば無意識にサンジくんを求めてるのね。