進路希望用紙
「はぁ〜………どうしよう……」
俺の手元には、一枚の紙切れ。
一番上に、『進路希望用紙』と書かれている。
俺は今、高校3年生。つまり、そろそろ卒業後のことを考えないといけないらしい。
「はぁ〜………」
また、ため息が漏れる。
ぶっちゃけ俺は、かなり不純な動機で悩んでいる。
将来の夢はある。コックになることだ。
昔から料理は好きだったし、自分の作ったものを「うまい」って言ってもらえるのは嬉しいことだ。
それならばその手の店で修行するか、専門的な学校へ行くか…というのが妥当な進路だ。
まぁ、すでにじじいの店でたまに手伝わせてもらってるから、頼み込めばそのまま働かせてくれるだろう。
嫌な顔をして文句のひとつでも言うのだろうが、きっと受け入れてくれる。
口ではああだが、俺に甘いことは知ってんだ。
実は、俺がコックの修行を始めるのを、楽しみに待っててくれてる。
ったく、捻くれてて素直じゃねぇじじいだよ。
おっと、そうじゃねぇ。
俺が進路を躊躇う理由だ。
俺がそのままじじいの店に就職するのを躊躇う理由、それはただひとつ。
ゾロだ。
ゾロは、俺と同い年の兄弟。親の再婚で兄弟になった4ヵ月だけ年上の兄貴。血の繋がっていない義兄弟。
んでもって……今は所謂恋人の関係ってやつだ。
お互いに小学校4年生の時に親が再婚した。
まぁその親も、4年前に交通事故でいなくなっちまったが…。
じじいに助けられながらも、ゾロと2人で生活した。
どんな時も一緒だった。どんなことも、2人で乗り越えて来た。
一緒にいるのが当たり前で、誰より何より大切な存在だ。
そのゾロと、別々の道を辿ることになるのかと思うと……気が重かった。
はっきり言って、まだまだ一緒にいたい。
もちろん家は一緒なんだから、毎日顔を合わせるわけなんだが…。
学校のように、すぐ顔が見られる環境でいたい。
存在を近くで感じたい。
……これは甘えだと分かっている。
高校を卒業すれば、もう子供じゃないんだ。
ゾロにはゾロの道があるんだし……。
そういえば、ゾロはどうするんだろう。
進学か?就職か?
どちらにしろ、今までのように剣道を続けるのだろうが…。
「はぁ………」
また、ため息が漏れる。
「ゾロ……」
「ん?何だ?」
「ぅおぉおぅ!!?」
呟いた言葉に返事があり、俺の体がビクゥッ!と跳ねる。
「ゾゾゾゾゾロ!?」
「何だよ、うるせぇな。呼ばれたから返事しただけだろ」
「いいいいいや、そうだけどよ………はぁ、びっくりしたぁ……」
まだドキドキいってる心臓を押さえる。
そりゃお前、あんたのことで悩んでるのにいきなり声かけられたら驚くだろうがよ。
「で?」
「あ?」
「何か用か?」
「……何で?」
「俺の名前呼んだだろ?」
…聞かれても困る。そんなことで悩んでんのかと言われたら、俺はショックで立ち直れないかもしれない。
何てったって、ゾロだ。お前と離れるのがイヤなんだと言ってところで、「何でだ?」と言われるのがオチだ。
愛情表現は、大概俺から。遊びに行くのもキスするのも誘うのも…。
…俺って、愛されてない…?
自分で考えて墓穴掘った気分だ…。
「おい、サンジ!」
物思いに耽っていたら、脳天にチョップを食らった。
……痛い。お前手加減しろよな。
涙目になりながら頭を押さえてゾロを睨む。
「…っってぇなあ。何だよ!」
「呼んでもぼーっとしてるからだろ!」
あぁ、そりゃ悪かったな。あんたのこと考えてたんだよ!
あれ、そういや、何でわざわざ俺のとこに来たんだ?今年は隣のクラスになったはずだろ?
「…で?」
「ん?」
「何か用があって、俺んとこ来たんじゃねぇの?」
「あー……まぁそうなんだが……」
何だよ、歯切れ悪ぃな。ま、そんな顔も可愛いんだが。
「……お前、紙もらった?」
「紙?」
「進路のやつ」
あぁ、俺がついさっきまで悩んでたアレね…。
「もらったけど…提出期限は来週だろ?まだ出してねぇ」
ってか、出せねぇ…。
「ゾロは?なんて書いたの?」
さりげな〜く、聞いてみる。顔と口調はさりげないが、心臓はバクバクだ。
「……………まだ、書いてねぇ」
なーんだ、ゾロもまだか……………ってえ!何でお前顔赤いの!?
ちょっと横にふいっと顔逸らしたりなんかしちゃって……可愛いじゃねぇかっ!!
なぜココで赤くなる必要があるんだ……!?
「その……お前、何て書いたかと思って……」
ちょっぴり頬を膨らませてみちゃったりして、何ソレ、誘ってる!?ここ学校だぜ!?
よっぽど俺はアホな顔して呆けてたんだろう。
ゾロがぷいっと顔を背けて離れようとする。
「……っ、いい!別に何でもねェっ!!」
その腕を、俺はがっしりと掴む。
ぜっってぇ、離さねぇ。
「ゾロ……最後まで、聞きてぇ」
俺は、必死に、けど甘く低い声で囁く。ゾロがこの声が好きだと知ってて。
「なぁ、兄貴……」
甘えるように。
ゾロは、甘えられると、弱い。それを知ってて。
「………だから……っ」
真っ赤な顔して、ちょっと困ったような顔して。
「お前と、一緒のこと、書こうと思って………」
聞いた途端、俺は嬉しさのあまりゾロの体にタックルをかました。
がしゃんがしゃんと、机と椅子を巻き込んで、床に転がった。
「ゾロ〜〜〜〜〜!!!」
「だああああああ!!離れろーーーー!!!」
俺はぎゅうぎゅうとゾロを抱きしめる。
他人の目?気にしない。俺達にとってはいつものこと。
喧嘩も愛情表現も、日常茶飯事。
『進路希望用紙』とやらには、何と書こう。
ゾロのお嫁さん
とかでもいいかもしんない。
始まりました義兄弟シリーズ。
さて、2人は何て書いて出したのでしょう。
実は、就職させようか大学生にしようか、まだ迷ってますが(笑)。
でも、一緒にさせたい。
むしろ、マジで「ゾロのお嫁さん」って書いて出せばいいよ、サンジくん。