Festival



「ぜっっっってぇ負けねぇ」
「こっちのセリフだ」
秋、といえば、食欲の秋、芸術の秋、読書の秋…。
様々あるが、今この2人にとって最も重要なものといえば、スポーツの秋。
学校を挙げての秋の祭典のひとつ、文化祭と並ぶ一大行事といえば、体育祭だった。
毎年、容赦なくクラス対抗で行われる為、一年生は最下位にはなるまいと必死で戦い、
二年生は、クラブ活動を引退した先輩には負けまいと躍起になり、
三年生は高校生活の思い出を、有終の美で飾ろうとする。
ゾロとサンジは、対抗心を燃やしまくっていた。
昨年は同じクラスだったため、見事な兄弟コンビネーションを見せたわけだが、今年は生憎の別チーム。
お互いに位置につき、「こいつにだけは負けねぇ」と鼻息を荒くしていた。



「なぁ、ただの勝負じゃつまんねぇ。賭け、やらねぇ?」
「あぁ?なんでだよ」
「その方がより楽しめるじゃん。な?いいだろ?」
「……何を賭けるんだ?」
「あー…考えてねぇや」
「アホ」
「なんだよ、ひでぇな〜いいじゃん〜」
「ったく、しょうがねぇな」
「お。男に二言はねぇな?」
「ねぇよ」
「よしっ!決まり!」
以前にそんな会話を交わし、体育祭当日になって聞かされたサンジの言葉に、ゾロはガラにもなく後悔した。
「俺が勝ったらさ、今度の日曜、いちゃいちゃしよう」
いちゃいちゃなどいつもしてくるではないかと思ったが、その後のサンジのセリフに目を剥いた。
「土曜の晩から意識飛ぶくらいまでヤってさ〜。朝は寝坊してベッドでのんびりして俺のメシ食って〜んで、昼の明るい時にもう1ラウンドやってさ。
明るい所で見るゾロも色っぽいだろうな〜小道具とかも使ってみたいし…あ、何なら買い出しに行こうか?夜楽しむためにさ」
とんでもないとばかりに、ゾロは顔を青くする。
そんなことをされた日には、足腰が立たずに学校へ行けなくなるのは目に見えている。
それをわかってて言っているのだろうか…。
「で?ゾロは?」
問われてゾロは困った。あまりちゃんと考えていなかったのだ。
たまにはデートにでも行くか、程度だった。
それだとサンジも喜んでしまうだろうが、別に構わないと思っていた。
自分が楽しみたかったのだ。サンジが笑っていると、自分も嬉しい。
ところが、とんでもないことを言い出したサンジに、それでは不公平になるなと思い直した。
自分は楽しく、かつサンジが青褪める名案はないだろうか…と考える。

ふとよぎった考えに、ゾロは口元を歪めた。
「ん?思いついた?」
不敵な笑みを浮かべたゾロに、サンジはにこやかに問いかける。
笑っていられるのも今のうちだ、と、ゾロは口を開いた。
「俺がやる」
「は?」
何のことかわからず、首をひねる。
「だから、俺がヤる」
「だから、何を?」
「お前を」
「…………………」
「…………………」
「はああぁぁぁぁああ!!?」
「楽しそうだろ?」
「なっ、おまっ……ばっ……」
「男に二言はないよな?」
「…………っ!!」
攻守交代、立場逆転。つまり、
「俺に抱かれてみろよ」
ゾロは言い放った。




絶対に絶対に絶対に負けられないと、サンジは固く拳を握る。
俺が抱きたいんだ、俺がゾロを愛したいんだ、たとえゾロでも俺のバージンは渡せない、と心に強く決める。
クラスの成績で2人の決着もつくわけだが、直接対決の機会が一度だけある。
プログラムのクライマックス、クラス対抗リレーだ。
毎年一番最後に行われるそれは、最も盛り上がる競技であり、体育祭の花形である。
この競技によって、クラスの成績が左右されることは必至。
走者は4人。それぞれが100mずつを走り、バトンを繋げていく。
トラック1周が命運を分ける、男子400mリレー。
2人はそれぞれのクラスのアンカーを務める。
共に走るとなると、対抗心は一層強くなるものだ。第4走者の位置につき、2人は火花を散らしていた。

絶対に、負けられない。

各学年3クラス、合計9クラスの第1走者達がスタート地点に並ぶ。
真剣な眼差しで先を見据える彼らに緊張感が走る。客席に、張りつめた空気が届く。
大勢の人々が注目する中、ピストルの音が空に響く。
スピーカーから流れる音楽と同時に声援が沸き起こり、彼らは一斉に走り出した。
第1走者が走る間は、どのクラスも大差がないように見えた。
しかし、バトンが第2走者に渡り、第3走者が走りだした頃にはやはり2年生と3年生がトップ争いを繰り広げる。
先頭は団子状態になり、勝敗はアンカーに委ねられる形となった。
「弟の底力をなめんなよ」
「運動部の意地にかけて引き離してやる」
軽口を叩きながらも、走ってくるクラスメイトから目を離さない。
助走を始め、たったコンマ数秒の差で、彼らにバトンが渡った。
それぞれのクラスのカラーのハチマキとタスキが翻る。
声援が一層激しくなる。
白いテープ目指して一目散に駆け抜ける。
ゴールまで30mを切った辺りで、それは起こった。

はじめは、2年生の子だった。
先頭争いをしていたその少年がバランスを崩し、すぐ隣を走っていたサンジと衝突した。
サンジと少年は足を縺れさせ、地面に転倒してしまう。
ひとりが転ぶと、密集していた先頭集団は次々に巻き込まれる。
勢いよく走っていた彼らは咄嗟にブレーキをかけることができず、結局先頭にいた全員が地面の上に倒れてしまった。
当然、肘や膝を擦り剥いてしまうが、ここで負けるわけにはいかないと、皆必死で立ち上がる。
サンジも慌てて体制を立て直し、とにかくゴールを目指そうと起き上がった。
ゾロも転んだだろうが、すぐに立ち上がるはずだ。絶対に負けられない。
そう思い、一瞬ゾロに目を向けた。
しかし、他の選手が走り出す中、ゾロは地面に蹲ったまま動こうとしなかった。
「………?」
一瞬走るべきか迷った足は、予想と違う現実を前に思わず止まってしまう。
おかしい、と思った。何かが違う。
「ゾロ…?」
走らなければ、と思う。
しかし、サンジの目は異変を映し出していた。
「おい、ゾロ…!?」
ゾロは地面に横たわったまま顔を歪め、左手できつく右肩を握り締めていた。
……腕が、おかしい……?
「おい、ゾロ、ゾロっ!!」
頭が真っ白になる。
ゾロの傍にしゃがみ込む。目はきつく閉じられたままだった。
動かしていいものかもわからず、ただ懸命に呼び掛ける。
周囲も何事かとざわめきはじめ、本部テントから先生が数人駆け出して来た。
「ロロノア!どうした!?」
「おい、しっかりしろ!」
体育祭のクライマックスとなるシーンで、場は騒然となった。
陽気な音楽が、ただ虚しくスピーカーから流れ続けていた。



「大丈夫か?」
「……痛い」
「当たり前だろ、折れてんだから」
ゾロは眉間に皺を寄せる。不機嫌なのもあるのだろうが、腕が痛むのだろう。
「……リレーで骨折なんで、だせェ」
「……ま、あれは仕方ねぇよ。あんだけ勢いよく走って皆ですっ転んだんだから」
ゾロは右腕を骨折していた。地面に倒れるのと同時に、誰かが圧し掛かってしまったらしい。
衝撃の負荷がすべて右腕にかかったのだろうと医者は言った。
ギプスをはめ、痛がってはいるが、ゾロは割と元気だった。
「……不便だ」
「利き腕じゃなくてよかったよな」
「……竹刀が握れない」
「道場行くのはしばらく我慢だな。でも治ればまた出来るんだろ?よかったじゃねぇか」
「……ヒトゴトだと思って」
「安心してんだよ。死ぬほど焦ったんだぜ?」
そう言うサンジの顔は、ひどくホッとしていた。
目の前で蹲るゾロを見て、心臓が破れるんじゃないかと思うほど焦ったのだ。
「最後の体育祭だったのに、えれぇことになっちまったな」
「……俺のせいじゃない」
「誰もそんなこと言ってないでしょーが」
「………………」
「何?えらく機嫌悪いね」
「……決着つかなかったからな」
「あ?……あぁ、勝負のことか。体育祭もあのままうやむやに終わったしな。でも安心したでしょ?賭けが成立しなくて」
「お前もな」
「……ま、確かに」
悪びれもせず、あははと声を立てて笑う。
「けど、ホントに良かった」
「ん?」
「兄貴が無事でさ。……すげぇ、心配した」
今度は情けない顔で笑う。
転んだ程度で命がどうにかなるわけではないが、サンジは不安だったのだ。
サンジもゾロも、すでに2度大切な人を失っている。
2度とも事故だった。
そのため、『事故』にはひどく過敏に反応してしまう。
トラウマ、ともいえるのだろうか。
また大切な人を失う、その恐怖を味わうことになるのではとサンジは恐れたのだ。
「……置いていかねぇよ」
そっぽを向いて、ぼそりとゾロは呟く。
「俺は、死なねぇから」
同じ思いをしてきたからこそ、ゾロの言葉はサンジの心に響く。
これからも、共に生きていきたいという想いを籠めて。
呟いたゾロの言葉に、サンジは、今度は心底嬉しそうに笑った。



「さ、これからしばらく、手取り足取り世話してやるぜ、兄貴」
「勝負は仕切り直しな」
「げっ、やるのかよ」
「あぁ。今度はテストの点数でどうだ?」
「うわ〜、負けらんねぇ」
共にいられるこの些細な時が幸せなんだと、噛み締める。
ゾロの左手は、サンジの右手の体温を感じ取り、ぎゅっと握りしめた。























いちゃいちゃさせてもよかったのですが、それはまたの機会に(笑)。
骨折について、私は誤解をしておりました。
複雑骨折って、複雑に骨折してるからそう言われてるわけじゃないんですね〜。
勉強になりました。
その辺詳しくないので、文章に誤りがあったらすみません…。