propose



はぁ…。
溜息ばかりが漏れる。
いかに己が、サンジに依存していたか。
それを思い知らされた。

サンジが遠いと、気付いてから。



いつもいつも、一緒にいるのが当たり前だった。
朝、一緒に家を出て学校に向かう。
昼時になれば俺の教室にやってきて、あいつが作った弁当を一緒に食べる。
食べ終わってもそのままダラダラと、予鈴が鳴るまであいつはここに居座る。
帰りは、一緒に帰ることの方が少ないが、たいていはあいつが先に帰って飯を作ってる。
ゼフじいさんの店にあいつが行く時は、俺が飯を作ることもある。
一緒に飯食ってテレビ見て少しは勉強して、たまに抱き合って寝る。
平凡な日常。
「できるだけ一緒にいたいじゃん?」とサンジは言う。
俺だって、そう思ってる。

それが変わりはじめたのは、半月ほど前からだろうか。
サンジの態度が、余所余所しい気がする。
こっちをチラチラと見ていたかと思うと、パッと視線を逸らす。
話をしている時も、たまにうわの空だ。
何だよと聞けば、曖昧に笑って誤魔化される。
口ではサンジに勝てないことは分かっている。問い詰めても結局かわされるだろう。

行動に出るようになったのは最近だ。
はじめは、弁当の時間だった。
いつもは授業開始直前まで居座るくせに、ここ数日は、飯を食ったらいそいそと何処かへ出かける。
しかも、行き先を告げずに。
別に、常に行き先を言って行けなんて約束はしていないが、サンジの性格なのか、大概は俺に告げてから出かける。
帰りもそうだ。
引退したにもかかわらず、俺は部に顔を出す。動かないと鈍っちまうから嫌なんだ。
その部活を終えて帰っても、最近はいないことが多い。
じいさんの所に行っているのかと思ったが、そうではないようだった。
気にならない………わけじゃない。
ただ、いつも聞くことが出来ないまま、時間だけが過ぎていく。
だって、あんな顔されたら……聞けないだろ。

「ゾロ!」
いつものように、あいつは弁当を持って教室にやってきた。
でも、いつものように、空いてる椅子を持ってこようとはしなかった。
「あのさ、悪いんだけど……今日は俺、他の人と食う約束しちまったんだよ……だから、これ」
手渡された、ひとり分の弁当箱。
「今度、埋め合わせするからさ!」
明るいその声が、上滑りしているように感じるのは、俺の気のせいだろうか。
弁当箱を受けとって顔を上げた俺に、サンジはまた、曖昧に笑って見せた。
最近よく見る………あまり好きじゃない笑顔。
悪いと思っているからなのか、それとも、詮索するなと言いたいのか…。
俺が口を開く前に、じゃ、と言って足早に去っていく。

考えたくない。
でも、行き着く考えはいつもひとつだった。

……彼女が、できたのだろうか。

頭を振り、否定しようとするが、ぐるぐるとその考えが脳の中で渦巻いている。
弁当を食う相手が男なら、サンジはあんな言い方はしない。
他の「人」などと言ったりしない。
もし、そうなのだとしたら………俺は、喜んでやるべきなのだろうか。

不安は、いつだってあった。
男同士だなんて、不自然なのかもしれない。
しかも血が繋がっていないとはいえ、戸籍上は兄弟だ。
サンジは、基本的には女が好きだ。
たぶん、俺だってそうだ。他の男とどうこうなりたいだなんて、思ったことは一度もない。
でも、サンジに惹かれた。
サンジだからだ。
所謂思春期と言われる時期に両親を亡くし、ふたりだけで取り残され、どうすればいいのかわからなかった。
頼れるのはお互いだけ。
強く相手を意識し、心を繋ぎ、体を繋ぎ、共に生きることをふたりで誓った。
若気の至りだったのかもしれない。
それでも、今幸せなのだからと言い聞かせてきた。
いつか終りが来る関係なのかもしれない。
そう思っても、それまではこのままでいたいと、不安を押し隠してきた。

………ついに、向き合う時が来たのだろうか。
いつかは、サンジに彼女ができるかもしれないと、心のどこかに暗雲が潜んでいた。
それが今、現実になろうとしている。

別に、他人になるわけではない。
恋人という関係がなくなっても、兄弟という繋がりが消えるわけではない。
傍にいることはできる。
俺は兄として、喜んでやるべきなんだ。
こんな不自然な関係は、いつかは断ち切らねばならなかったんだ。
あいつが言い出しにくいのなら、俺から言ってやらねば。

そう、必死で己に言い聞かせ、ようやくサンジの弁当に手をつけ始める。
………ひとりで食べる弁当は、ひどく味気なかった。



いつ言い出そうか、タイミングを見計らう。
しかし、口にしようとすると、いつも声が出なくなる。
サンジと呼びかけて振り向くあいつに、次の言葉を投げかけることができなかった。
………割り切るには、この想いは強すぎるんだ。
未練が、ある。
自分から断ち切ることなんてできなかった。
「はぁ……」
また、溜息。
こんなにも、俺はサンジに依存している。
離れてみようと試みて、それができなくて、やっと気付いた。
ダメだ、サンジのためなんだ、俺がしっかりしなきゃ……。
『ゾロ』
ヤメロ、考えるな。
目を閉じる。耳を塞ぐ。
瞼の裏に、サンジの笑顔が浮かぶ。不貞腐れた顔が浮かぶ。照れた顔が浮かぶ。
……全部全部、俺の好きな顔だ。
『ゾロ……』
ダメだダメだダメだ……!
忘れなきゃ忘れなきゃ忘れなきゃ……!
否定するたび、顔が、声が、温もりが蘇る。
頭を振り、追い出そうとする。

……いくらやっても、それらは離れることがなかった。
当然だ。俺の体の奥底まで、サンジが染み込んでいるのだから……。
……忘れられないまま、あいつを見てなきゃならないのか。
あまりに……辛い。
泣いてすべてを流してしまうことができれば、この気持ちも、少しは一緒に流れ出てくれるだろうか。



いつまでもウジウジとするのは俺の性に合わない。
気晴らしに、街をうろつくことにした。
あいつだって最近は帰りが遅いんだ。たまには俺だって遅くなってやる。
八つ当たりのような気もするが、かまわないだろ。お前が遅いのは事実だ事実。
どうせ引退したんだしと、半分はヤケで今日は部活に行かず、一度家に帰って私服に着替える。
空がオレンジ色に変わりはじめ、ネオンが光りだす。
人ごみ、流れる陽気な音楽、笑い声。
街は音で溢れていた。気を紛らわせるにはちょうど良かった。

何を買うわけでもなく、なんとなく店から店へと歩きまわる。
途中小腹がすいたので、近くにあったクレープ屋でチョコバナナを買う。
男ひとりでクレープを食べるのは少し抵抗があったが、店に入るのも面倒だったので結局それにした。
ひとくち食べて、あいつが作った方がうまいだなんて思い、ちょっとへこんだ。

また少し歩き、そろそろ帰るかと思った時だった。
金髪が見えた気がした。
思わず立ち止まり、店の中にいるそいつに目を凝らす。
サンジだ。
お前、もしかして毎日街をうろついていたのか?
そうだ、あいつだって遊びたい時もあるんだろう。
言ってくれれば買い物くらい付き合うのに。
一歩踏み出そうとして、俺の足は止まった。

……横に、女を連れていた。

俺は踵を返した。
人とぶつかりながら、がむしゃらに走る。
なんで、なんで、なんでっ!
混乱した。油断した。予想していたはずなのに、思いのほか衝撃は強かった。
信じられないと思った。
嫌だと思った。
でも、現実を突きつけられた。
俺はひたすら走った。
想いを振り切ろうと。



家に着いたら、そのまま部屋に飛び込んで布団にもぐりこんだ。
頭までかぶってぎゅっと握りこむ。
あれは誰だ。
一瞬のことで、見えなかった。否、見たくなかったのかもしれない。
なんで一緒に…!
その答えは明らかだ。でも、考えたくなかった。
違う違う違う。
嫌だ嫌だ嫌だ。
自分が何を考えているのかもわからなくなった。
ただ、心臓が締め付けられる。
苦しい。
忘れるんだ。
でも、いずれは受け入れなければならない。
サンジがそれを願うのなら。
嫌だ。
いつの間にか、涙が溢れていた。



「兄貴っ!!!」
勢いよく、布団を剥がされた。
「……っ、あ……?」
「飯だっつってんだろ!何回呼べば……、!?って、何泣いてんだよ!」
サンジがいた。
ばちりと目が合う。
「なっ、なんでもないっ」
見られた、見られた、見られた!ぐいっと掌で目元を拭う。
でも、すぐにその腕を取られる。
「なんでもないことあるか!あんたがそんな…!」
ヤメロ、今俺に構わないでくれ!
俺は腕で顔を隠す。
俺を見るな。
「兄貴……」
「来んな!来んなよっ…!」
「ゾロ!!」
びくんと、体が跳ねたのがわかった。
怒った……?
「………なぁ、どうしたんだよ。俺には言えないか?」
サンジの声が、優しい。……久しぶりに聞く声だった。
「ゾロ」
言えるわけないだろ。
「俺を見ろよ」
イヤだ。声に出せなかったので、フルフルと首を横に振る。
しばらく、沈黙が続いた。
ふと、サンジが手を離したせいで、俺の腕がぱたりと布団に落ちる。
諦めた……?
一瞬、強張っていた体の力を抜いた瞬間だった。
サンジの手が再び俺の腕を捉えた。
無理矢理引き起こされ、両手で頬を挟まれる。
正面から、サンジの顔を見ることになった。
「やめ……っ!」
「ゾロ」
サンジの声に、俺は動けなくなった。
真剣な瞳。
真摯な表情。
俺を想ってくれてる時の顔。
俺が好きな、顔……。
「ゾロ、何があった?」
サンジは、俺を素直にさせる顔をしていた。
「心配させないでくれよ……」
……再び、涙が溢れ出した。
「……ぅっ、お前が…お前がっ……!」
止まらない。
「ぅっ……っ、ぅあああぁぁぁ!」
子供みたいに、泣きじゃくる。
こんなに大声で泣いたことなんて、一度もないのに。
お前のせいだ、お前のせいだ、サンジ……!
お前が、何も言わないから……!
いつもの俺じゃないことに驚いたのか、でもサンジは、泣き続ける俺を抱きしめた。



大声で泣いたせいで、俺は幾分すっきりした気分になった。
まだしゃくりあげてる俺の頭を、背を、サンジは優しく撫でる。
「……落ち着いた?」
「…お前のっ、せい、だからっ、なっ……」
喉を引き攣らせて文句を言いながらも、俺はサンジにしがみついたままだった。
サンジが何も言わないので、少しだけ顔を上げた。
今度は困ったような顔をしていた。
「あーその………」
視線を泳がせながら口ごもる。
俺は、もう醜態を晒したのだからと開き直り、サンジを睨みつけた。
そういえば、なんで俺がこんなに悩まなきゃならなかったんだ。
こいつがさっさと俺に報告に来ればよかったんだ。
そうすれば、二股かけやがってとぶっ飛ばした後に、どうするか決めたんだ。
あれだけ落ち込んでいたのに、涙というのは気持ちも一緒に流してくれるのだろうか。
俺は幾分スッキリした気持ちだった。
「俺に、言わなきゃいけないことがあるんじゃないのか……?」
サンジはやはり困った顔のまま、首をかしげた。
「あー……………。………………もしかして、さみしかった?」
浮気をしておいて、もしかしても何もないだろう。
そうだ、こいつは浮気をしたんだ。
何だか、今度はだんだん腹が立ってきた…。
「ごめん、あんたが泣く程のことだとは思わなくて……」
俺を何だと思ってるんだ、こいつ。
「でも、どうすればいいかわかんなかったから……」
だから隠してたのか?
「ナミさんに相談に乗ってもらって……」
……あいつも、グルなのか?
……………俺達のこと、あんなに気にかけてくれてたのに……。
「ごめん、もっと、一緒にいればよかった……あんたの喜ぶ顔が見たくて……」
「なんで俺が喜ぶんだよ!なんで俺に黙って……!」
「だって、あんたにバレたら意味ないし!」
「黙って彼女つくられる方がよっぽど辛いんだよっっ!!!」
「…………………………!?」
ぜぇぜぇと、肩で息をする。
最低だ最低だ最低だ!!
なんで俺はこんな奴と……!!
また、じわっと目元が熱くなる。鼻がツーンとする。
まばたきをしたらこぼれ落ちる程に涙が溜まった時、呆けた声が聞こえた。
「………………彼女?」
目と口をまん丸に開けたまま、アホみたいに俺を見ている。
……あまりのアホ面に、今にも落ちそうだった涙が引っ込んだ。
「………誰の?」
「………おまえの」
「………彼女?」
「………できた、んだろ?」
確認するには、少し勇気が必要だった。
声が絡んだが、ちゃんと聞けた。
……が、なにかおかしい。
「……あんた、それ、誰から聞いたの?」
「だって……今日、一緒に買い物してたじゃねぇか」
「それだけで?」
「……最近、昼間はいなくなるし、帰りも遅いし……」
「あー……………」
「………なんだよ」
はぁ〜〜〜〜〜と、サンジは随分と長い溜息を吐いた。
「あのな………、それ、勘違い」
「…………………………は?」
カンチガイってなんだっけ?
「いや、ごめん、やっぱり俺が悪かった」
ちょっと待っててと言って、サンジは部屋を出て行く。
俺はというと、カンチガイという言葉がぐるぐると頭の中を回っていたが、それが何を意味しているのか理解できなかった。
すぐにサンジは戻ってきた。
手に、緑のリボンがかかった、手のひらサイズの小さな箱を持って。
「ホントは、もうちょっとあとで渡したかったんだけど……」
そう言いながら、なぜか少し照れたように笑った。



「誕生日、おめでとう、ゾロ」



俺は、相当間抜けな顔をしていたと思う。
たっぷり30秒はかかった。
その間俺の視線は、サンジが差し出した箱とサンジの顔を行ったり来たりしていた。
ようやく発した声も、随分間抜けだ。
「……………は?」
「誕生日、おめでとう。日付が変わるまで、もうちょっとだけ時間あるけどな」
呆然としている俺に、サンジは丁寧に説明してくれた。
「ごめん、そんな風に思わせてるなんて思わなかった。ただ、あんたへのプレゼントを買いたかっただけなんだ。
でも何がいいのかわかんなくて、ナミさんに相談して……いろんな店を見てまわって、すげぇ悩んだんだ」
言いながらそれを俺の手に握らせ、上から包み込むように手を重ねる。
「やっと、今日買えた」
なんでこいつは、こんなに嬉しそうに笑ってるんだ。
「ねぇ、開けてみてよ」
俺は、言われるがままにリボンに手をかける。
シュルッとほどき、包装紙を破らないように震える手で丁寧にはがす。
出てきた小箱を開いてそれを見た瞬間、俺は弾かれたようにサンジを見た。
全身に、歓喜の痺れが走った。
少し照れくさそうにして優しく笑うサンジに、俺はまた目元から溢れるそれを、止められなかった。

シルバーの指輪と、チェーン。

「愛してる」
はっきりと、俺の耳に届く言葉。
「今は、こんな安いものしか買えないけどさ。でも、これからも俺は、ゾロと一緒にいたい」
これはまるで…………。
「受けとって、くれる?」
「俺、も……」
喉が痛い。引き攣れて掠れた声で、それでも、俺も伝えたかった。
「俺も……、一生、お前と、いたい……」
離れることなど考えられない。まるで、ふたりでひとつのもののように。
サンジが、俺の手の中にある指輪を手に取った。
箱を脇に置き、俺の左手をとる。
そっと、薬指にはめ、そこにあるべきといわんばかりに、ぴったりとおさまった。
まるで儀式のように、恭しくそこに口づけ、囁く。
「これで、あんたは一生、俺のものだからね」
心底嬉しそうに言う姿がなんだかおかしくて、俺は久しぶりに、笑った。少し、引き攣ったけど。
「ははっ、なんだよそれ」
とっくに俺は、お前のものだろう?
「ねぇゾロ。俺にも、誓ってよ」
そう言って、サンジは自分の首の後ろを探る。
チェーンの留め具を外し、胸からひっぱりだしたそれは、つい先ほど、こいつが俺に贈ったものと全く同じものだった。
「おそろい」
と笑いながら、俺に手渡す。
それは、サンジの体温でほんのりとあたたかかった。
「左手、出せよ」
俺が言うと素直にサンジは左手を差し出した。
俺は、同じように薬指に指輪をはめ、そこに口づけた。
「これでお前も、俺のものだからな」
お互いにクスッと笑い、ゆっくりと、どちらからともなく顔を近づけ、柔らかなそれに触れた。
「ゾロ〜〜〜〜〜!!!」
「ぶわっ!!」
突然抱きついてきたサンジに、俺はそのままベッドに押し倒された。
ぐりぐりと頬を俺の胸にすりつけ、動物のようにじゃれてくる。
「あ〜〜〜嬉しい〜〜〜実はちょっぴり心配だったんだよ〜指輪じゃ重いかなって」
安心したのか、いつものサンジだ。ぽろっと本音をもらす。
「でもさ〜他にプレゼント思いつかなかったし……おそろいにしたかったし……」
俺は、片手はサンジの背に腕を回し、もう片方は髪を弄んだ。
「ナミさんに相談したら、じゃあチェーンも一緒にプレゼントしたらって。そしたら普段はネックレスにできるでしょ?
目立たないし、お前の練習にも支障はねぇし、俺も料理できるし……」
そうか、じゃあ昼飯はナミの所に行って相談してたのか。
「さっすがナミさんだろ!?今日も買い物に付き合ってくれたんだぜ〜優しいよな〜」
……あれはナミだったのか。
気付かなかったなんて、よっぽど気が動転してたんだな、俺……。
「でも……そのせいでお前に変な勘違いさせちまったな……悪かった」
「いや…………俺が勝手に、思いこんだだけだし……」
「さみしい思いも、させちまったみたいだし……」
結果を見てみると、自分の突っ走った考えが恥ずかしかった。
そうか、単なる俺の勘違いだったんだよな。恥ずかしいけど………すげぇ、安心した。
「なぁゾロ」
「ん?」
サンジは体を起こし、俺の指に己のそれを絡め、俺を見る。
まっすぐな瞳で。
「これからも、大好きだからな」
「………ああ、俺もだ」
その言葉に、俺はどれだけ救われただろう。そして、これからも、一体どれだけ救われるだろうか。
サンジが離れることの辛さを思い知り、二度とごめんだと、そう思った。
この手を、二度と離すまいと、そう思った。
「なぁ、サンジ……」
「ん?」
「………ありがとう」
今度は、心から笑えた。



久しぶりにこの穏やかな空気を堪能していたんだが、だんだんサンジの指使いが妖しくなってきた。
「………おい」
俺の体をサンジの指が這いまわり、明らかに営みに持ち込もうとしている。
「嫌?」
「……そういうわけじゃねぇけど………メシ、冷めるんじゃね?」
もうとっくに冷めてる気はするが、そういえばと、サンジが部屋を訪れた理由を思い出した。
「もうとっくに冷めちまってるよ。……ったく、プレゼントも日付が変わる時に渡したかったのにさ」
「……だから、悪かったよ……」
「ウソウソ、別にいいよ。でも、どうせ冷めちゃってるから一緒だって。だから……な?いいだろ?」
「ん……っ」
指が俺の体をたどるたびに、指輪の存在を感じる。それは嬉しいことなんだが……。
現金なことに、心のもやもやが晴れた途端、俺の腹の虫が抗議しはじめた。
それはそれは、盛大な音をたてて。

ぎゅるるるるるうぅぅぅぅうう〜〜〜〜

「…………………………」
「…………………………」
「……………なぁ、腹減った」
「ぶっ!ぶはははははははは!!あっはっはっはっはっはっは!!!」
失礼にもサンジは、ひぃひぃ言いながら腹を抱えて笑っている。
うるせぇな。しょうがねぇだろ。
「わ、わかったよ!ぷくく…!おま……お前ってやつは……っははは!!」
「いいからっ!メシ!腹減ったっ!」
「はいはい。じゃ、続きはあとでな。せっかくだから、繋がったまんま誕生日迎えようぜ」
「なっ……!!」
「ははっ!顔真っ赤!」
「うるせぇうるせぇ!行くぞっ!」
「はいはい、只今〜」
サンジをはねのけてドスドス歩く俺の後ろに、やたらと機嫌のいいサンジが続く。
何だかとても悔しい気がする。
そりゃ嬉しいけど嬉しいけど!
俺、一生こいつに勝てない気がしてきた。兄貴のはずなのに。

………そうだ、ほんの4ヵ月だけ、ホントに兄貴なんだ。サンジより、ひとつだけ。

毎年のことなんだが、なんだかくすぐったい気持ちだ。
それに気付くと、先程までと打って変わって、足取りも軽い。
「おい、早く、お前のメシ食いたい」
「嬉しいこと言ってくれるね。待ってな、すぐだから」
サンジは手早く夕食を温める。
「なんか、豪華だな」
「おう、誕生日仕様だ」
「明日じゃなくて?」
「明日はじじいに呼ばれてんだよ。手伝いじゃなくて、招待だぜ」
「招待?」
「あぁ、あんたと俺に、うまいメシ食わせてくれるってよ。誕生日だからな」
「そっか。楽しみだ」
「ま、まずは俺の料理に舌鼓を打ってくれよな、お兄様」
「ぷっ、なんだそれ。………いただきます」
「ほい、召し上がれ」
サンジが俺のために作ってくれた料理を口に入れる。
それは、俺にとっては一番幸せを感じる時間なのかもしれない。
……なんだ、じゃあ俺は毎日幸せなんじゃないか。
「ん……うまい」
「ありがと」
嬉しそうに笑うこいつの顔を見ながら、俺は幸せを噛みしめる。
一生、こいつといたい。
きっとその想いは変わらない。
ふたりの左手に光る指輪を照れくさく思いながらも、俺はもういちど、心の中で誓った。



俺は一生、お前と生きていくよ。



サンジ。
























やっぱりふたりはラブラブでなきゃ!
想像以上に長くてむちゃくちゃで甘いお話になりました。
今回はちょっぴりサンジくんがお兄ちゃんみたい。