おにいちゃん
サンジははじめ、ゾロが嫌いだった。
親の再婚相手の息子。
今日からあなたたちは兄弟よと母親に言われても、素直に受け入れられるものではなかった。
たった4ヶ月の差で兄になった、同じ学年の少年。
仏頂面で生意気で負けず嫌い。
一目見た瞬間から、こいつは己のライバルだとサンジは直感した。
会った初日に大喧嘩をし、罵り合うことでお互いの事を知っていった。
何をするにも対抗し突っかかり、しかしそれ故に、気付けば常に隣にいる存在だった。
後に聞いた話によれば、人見知りの激しいゾロが、初日からあんなに人と話すのは初めてだったらしい。
(話すと言っても喧嘩だったわけだが。)
ふたりが小学校4年生の秋、ゾロの父親とサンジの母親が再婚した。
連休を使って、ゾロの元にサンジが越して来た。
必然的にサンジは転校することになったわけだが、当初は学校でうまくいかなかった。
人懐っこい性格なのにそうなってしまったのは、ひとえにゾロを意識しすぎてのことだった。
同じクラスになったために一日中ゾロを睨みつけていたら、クラスに溶け込む機会を失ってしまったのだ。
(あいつ、何考えてんのかわかんねぇ!)
それが、サンジが持っていたゾロの印象だった。
感情をあまり表に出さない性格のゾロだから、サンジがそう思うのも無理はない。
一緒に暮らすようになってしばらく、サンジはゾロの笑顔を見たことがなかった。
生意気な転校生は、クラスのガキ大将に目をつけられる。
サンジもそうだった。
また、ふたりの特殊な関係は、いい意味でも悪い意味でも、クラスの注目を集めていた。
元々のクラスメイトであるゾロに対しては、さほど変わった態度にはならなかったが、サンジのことは遠巻きに見る子が多かった。
けれどそれが、ふたりの関係を変えるきっかけになった。
ガキ大将が、生意気だと、血が繋がっていないくせにと(もちろん正確な意味はわかっていないだろう)サンジの髪を掴んだ時。
それをゾロが止めた。
「やめろよ。大事な弟だ」
鋭い目つきで睨まれ、怯えるように逃げて行ったガキ大将と取り巻きだが、サンジはゾロの言葉に驚いた。
そんな言葉が、ゾロの口から飛び出すとは思ってもみなかったのだ。
嬉しかった。
単純に嬉しいと、サンジは感じた。
口では悪態をつきながら。
「だれが弟だよ。たいしてかわんねぇだろ!」
「弟だろ。おれの方がさきに生まれたんだ」
サンジは、たった4ヶ月の差が悔しいと思っていた。
同じ年なのに、と。
しかし、この時はそんなことよりも、ゾロが自分を兄弟だと認識し、大事だと言ってくれたことが胸をついた。
「血がつながってねぇから関係ねぇ!」
常々不満に思ってることをつい勢いで言ってしまったが、次の瞬間後悔した。
兄弟だということを初めて素直に嬉しく思ったはずなのに。
軽はずみな自分の発言に傷ついた。
ゾロが自分の言葉を肯定すれば、更に自分は傷ついてしまうと思った。
自分たちは元はただの他人だ。親の都合で兄弟になった。
疎ましかったはずなのに。
いつの間にか、自分でも気付かぬうちに、一人っ子だった自分に兄弟ができたのが嬉しかったのだ。
嬉しいだなんて思っていることを認めたくなくて、突っかかっていった。
だから、ゾロの次のセリフに、サンジは思わず涙をこぼした。
「それこそ関係ねぇよ。だれが何と言おうと、兄弟だろ」
意地を張っていた自分が恥ずかしかった。
なんてすごい奴なんだと思った。
ゾロは、何の疑いもなく、サンジを兄弟だと信じていたのだ。
血の繋がりなど関係なく。
サンジはそのまま、わんわんと大声で泣いた。
そんなサンジを初めて見たゾロは、クラスメイトが驚くほど慌てふためき、手を引いて家に帰った。
「おい……泣きやめよ」
「うぅぅ〜……ぐずっ…」
「あーあーはなみずたらしてんじゃねぇよ」
言いながらゾロは、ティッシュで乱暴にサンジの顔を拭く。
「うぅぅ〜お前なんかキライだ〜……」
「はいはい、わかってるから自分でふけ」
「うぅぅ〜でもすきだ〜……」
「………………そ、そう、かよ……」
本当に驚いたのだろう。ゾロは、目をまんまるにしてサンジを見、そして口を尖らせた。
その頬は、わずかに朱色に染まっているが。
「…………………」
サンジも驚いた。何にって、目をまんまるにして頬を染めるゾロを初めて見たからだ。
お互いに見つめ合って数瞬後。
「ぶえぇぇぇぇええっくしょん!!!」
サンジが盛大にくしゃみをした。
鼻水を、ゾロの顔に撒き散らして。
「うわぁああああ!きたねえ!!何すんだ!!」
「ぶぅわはははははは!!きたねえ!お前、はなみず…きたね…あははははは!!」
「お前のはなみずだろ!」
「うわ!おれにつけるなよ!」
腹を抱えながら笑うサンジに、ゾロは顔を拭ってそれをつけ返す。
散々なすり付け合いをしながら、ふたりはいつの間にか笑っていた。
サンジは初めて、ゾロが心から笑っている顔を見た。
嬉しくて楽しくて、そしてふいに思い出した。
そういえばお母さんが言ってた。今日は………。
サンジが笑った。
あったかい笑顔で。
「にいちゃん」
「………べつに……同い年なんだし、名前でよべばいいだろ」
「でも、今日からにいちゃんだろ」
「ちょっと前からそうだろ」
「だからそうじゃなくて………」
サンジはきょろきょろと辺りを見回す。
目当ての物を見つけたのか、トタトタと玄関へ走っていき、すぐに戻ってくる。
「はい、たんじょうび、おめでとう」
そういって差し出されたのは、一輪の花。
玄関の花瓶に生けてあったもの。
驚いた顔のゾロがおもしろくて、サンジはまた笑った。
今日はこの家に来て初めて、色んなゾロを見た気がする。
案外いいやつでおもしろいやつだと思った。
まだ固まっているゾロに花を押し付け、ちゅっとひとつ、頬に口づけた。
「これからもよろしくな、おにいちゃん」
そう言って、逃げるが勝ちとばかりに、ダダダっと二階の階段を駆け上がる。
下から怒鳴りあげる声が聞こえるが、なんだか動揺しているように聞こえておもしろい。
自分の世界が一変したようだった。
これからは、きっと楽しくなる。
「ふっふっふ、年なんてすぐに追いつくしな。覚悟しろよ、ゾロ!」
いつもの調子がようやく戻った。
ぎゅっとこぶしを握って決意するサンジは、ブラコン上等!と開き直っていた。
狙った獲物は逃がさない。
そんな、秋晴れの、幼い日の出来事。
うーん、ちょっと唐突な展開かな…?サンジくんがゾロと仲良くなったきっかけの日。
サンジくん、ませガキです(笑)。きっと、お母さんから愛情のキスをいっぱいもらって育ったんだよ!
ゾロは、結構最初から素直にサンジくんを受け入れてます。
金髪がお気に入りとかそんなところからでしょう(笑)。
いっぱい兄弟げんかしながら、すくすくと育って欲しいね。