恋人同士のクリスマス
『駅前のツリーの前で待ってる』
そのたった一文を見た瞬間、俺は全力で駆け出していた。
めずらしくも、ゾロからのメール。
しかも、この12月24日という日に、デートのお誘いのようなメール。
嬉しいと興奮を抑えられないまま、しかし俺は焦っていた。
メールが届いた時刻は16:35。
現在の時刻、20:30。
せっかくのホワイトクリスマスだったが、今の俺には、この雪がもどかしすぎた。
今日は少しだけ、じじいの店を手伝わせてもらっていた。
レストランにとって、一年で一番忙しい日。
そんな日は、俺がいたって邪魔なだけだ。
コックになりたいという夢はあるけど、まだそんなにたいした腕ではない。
だから、本格的に邪魔になる前に抜けて来た。
いつかは、あの厨房で腕をふるいたい。
決意を新たに、着替えて携帯を開いたらこのメールだ。
何を考えて送ってきたのだろう。
この時間までは店にいるって、俺言ったよな?
そもそもゾロは、俺と違ってイベントごとにはあまり興味を示さない。
そのゾロから、こんなメールが送られてくるなんて思ってもみなかった。
帰ったら、昨日から仕込んでいた料理の数々を仕上げて、ふたりでクリスマスパーティーをしようと思っていた。
ケーキは用意する時間がないだろうと考え、すでに予約をしてある。
うまいと評判の店だ。俺もよく買いに行く。
ゾロには、アルコールの入ったショコラ、俺は甘酸っぱいベリータルト。
メシ食ってケーキ食って酒も飲んで。
そのまま朝まで愛し合う。
いかにも恋人同士って過ごし方だろ?
ゾロには、メシはうちで食おうぜって言ってあるから、てっきりうちで待ってると思っていたのに…。
止む気配のない雪に傘もささず、俺は駅までの道のりを急いだ。
「ゾロっ!」
きらきらとした装飾がなされ、様々な色の光が点滅する大きなクリスマスツリーの前で、緑色の頭を見つけた。
ベンチに座り、ぼぉっとツリーを眺めるゾロの頭と肩には、まっ白い雪が積もっていた。
俺の声に振り向く。
ゾロの前にたどり着くと、俺は両手を膝に置き、荒い息を整えようとした。
走ってきたせいで、コートを脱いでしまいたいくらいに暑い。
「はぁっ、はぁっ、ごめん、おまたせっ…!」
「おう」
顔を見ると、無表情のゾロが首をかしげ、自分の手を頬に当てた。
「…………?」
ゾロは、鼻のあたまと耳を真っ赤にしていた。
その可愛らしさに、俺は思わず自分の手をゾロの頬にやった。
しかし、そこに触れた途端、俺は驚いてゾロの手を握る。
「っ、お前、すげぇ冷てぇじゃねえか!」
顔も手も完全に冷え切っており、よくよく見ると体も小刻みに震えている。
「あ…?」
ゾロは不思議そうに、今度は逆に首をかしげるが、何を思ったのかひとつ頷いた。
「寒すぎて顔が動かなかったのか」
納得したかのように手を顎に当てるが、その顔はやはり無表情のままだった。
寒さで顔の筋肉が動かないのだろう。
だからさっきから無表情なのだ。
「おまっ…いつからここにいるんだよ!」
まさか、メールした直後からいたわけではあるまい、ゾロに限って…と思ったが次の言葉に絶句した。
「メールしたすぐあと」
…………4時間っ!!?
口をパクパクさせるだけの俺に、ゾロはわずかにくすっと笑った。
なんだその照れ笑いはっ!!?
「ホントはさ、もっと後に着く予定だったんだよ。……どうせ、まっすぐ来れねぇだろうからさ。
散歩がてら辺りをうろついてから来るはずだったんだけど……。そんな日に限って、迷わず来れちまった」
……奇跡だ。聖母マリアのお導きに違いない!
ゾロがひとりで、迷わずここに来れただなんて……。
…………って、そんなことはいいんだ!この寒さの中4時間もここにいただって!?
「風邪ひいたらどうすんだよ!近くに店あるんだから、中で待つとか……!」
ったく何を考えてるんだか、ゾロはたまに突拍子もないことをやらかす。
今までに、馬鹿!と何度叫んだことか。
俺は自分の首に巻いてあるマフラーを取り、ゾロに巻きつけた。
まだ走って来た名残で暑いから、ちょうど良かった。
「そもそも、何でここにいたんだよ?」
帰ったらご馳走だとわかってるはずなのだから、わざわざここで待つ意味がわからなかった。
「んー………」
頭にかぶっていた雪を払ってやりながら聞くと、その答えに、俺はさらに驚いた。
「なんかさ、たまには、恋人気分にひたってみるのもいいかなって」
こ、こ、こ………こいつは何を言ってるんだ!?
何はにかみながら頬染めながら言ってるんだ!?
こここここ恋人……!?
「恋人って、ツリーの前で待ち合わせてデートするもんなんだろ?」
デデデデデデート!?ゾロの口からデート!!?
嬉しい。嬉しいに決まってる!俺だってロマンチックに夢くらい見るさ!
典型的なデートってやつも好きさ!
だがしかし、ゾロの口からそんな言葉が聞けるだなんて……!!
ぼんっと、目に見えるくらい顔が真っ赤になったことを自覚する。
それを見て、またゾロが笑う。
「ははっ、顔真っ赤」
機嫌がいいのか、屈託なく笑う。
寒さのせいで表情はぎこちないけど、びっくりするくらい穏やかだ。
「よし」
ぱんと膝を叩いて立ち上がり、ゾロが手を出した。
「帰るか」
「へ?」
帰る?どっか行くんじゃなくて?
ツリーの前で待ち合わせてデートだろ?どっか出かけるんじゃないのか?
不思議に思ってゾロの手と顔を交互に眺めていると、またゾロが笑う。
「うまいメシ、作ってくれんだろ?」
「あ、あぁ……」
「腹減った」
「……………デートだろ?」
ゾロが俺の手をとる。
その手は冷え切っていたけど、なんだか心地よかった。
「手をつないでうちまで帰るってのも、デートだろ?恋人同士っぽいじゃねぇか」
そして俺の耳元で、甘く囁く。
「好きだぜ、サンジ」
俺は、人目があるにも関わらず、その場でぎゅうぎゅうとゾロを抱きしめた。
ただ俺と帰るためだけに、4時間もここで待ってたのか……。
なんて愛しい恋人なんだ……!
結局ゾロが何故そんな行動に出たかというと、単になんとなくそんな気分だったらしい。
でも、普段は「そんな気分」になることもないから、これってやっぱりクリスマス効果だよな?
街の雰囲気が、なんかそうさせるんだ。
そのあと?
もちろん帰って、俺がメシ作ってる間にゾロを風呂にぶち込んで、あとは俺のプラン通り。
最後までおいしくいただいだぜ?
な?ゾロ。
メリークリスマス!!
なんとなくクリスマス。
でも雰囲気って大事だと思う!
ゾロだって恋人気分を味わいたいのさ。
海賊だとそんなことないかもしれないけどね(笑)。
義兄弟ゾロは、割と弟サンジくんに甘えてくれます。