森と太陽と



「あーあーあー降ってきた……」
初めは意気揚々と山に入ったサンジだったが、雲行きがあやしくなってきても、麓に辿り着けないでいた。
「雨の山も好きだけど、遭難したらシャレになんねぇしなぁ」
などと呑気なことを呟きつつも、歩く足を速める。

サンジは山を歩くのが好きだった。
しかも、人の手が入っていないような、自然そのものの山が特に好みだ。
もちろん道などはないし、歩くこともままならない場所も多いが、それでも楽しげに進んでいく。
そこにはいつも、生命の輝きが満ち溢れていた。
鳥も、虫も、動物も。
木も、草も、土も。
森そのものが息づいているのが感じられる、そんな場所がサンジは好きだった。

雨が降る前兆は、空気や空で分かる。
雨の山を歩くのも本当に好きなのだが、一度流されかけたので、それ以降多少は気をつけるようにしていた。
だから、当てずっぽうの方角に、でも一応下りる方向に足を進めた。

濡れて歩くのも好きなサンジが、傘が欲しいと思う程度に雨が大粒になってきた頃。
前方に、自然以外のものを見つけた。
この山に入って初めて目にした人工物らしきものだ。
人工物といっても、木や茅葺で造られた小さな家だ。
森に溶け込むように、ひっそりと建っている。
どれくらい昔からそこにあるのだろうか、随分と古い印象を受ける家だった。
「お、助かった。誰か住んでんのか?」
手を頭の上に翳したまま、小走りに入口へ寄っていく。
古びた木戸をノックする。
「すいませーん、どなたかいらっしゃいますかー」
相変わらず呑気な声で何度も声をかけるが、中から返事はない。
人が住んでいるかどうかもわからない家だが、中をのぞいてみようかと考え始めた頃、背後から声がした。
「何か用か」
サンジが振り返ると、そこには着物を着た男が番傘を差して立っていた。
緑の髪に緑の瞳という、なんともめずらしい風体だ。
サンジは驚いた。だがすぐに笑顔になって話しかけた。
「あぁ、よかった。雨に降られちまってさ。雨宿りさせてもらえるとありがてぇんだが…」
男はサンジの問いに一切表情を変えず、右手を懐に入れたままじっとサンジの顔を見ている。
何を考えているかわからない目だったが、サンジはニコニコしたまま答えを待った。
やがて男は歩き出し、木戸に手をかけ、振り向きもせずに言った。
「入れ」
待ってましたとばかりに、サンジはにこやかに言った。
「お邪魔しまーす」



「いやー助かったよ。雨が降るまでには山を下りるつもりだったんだけどさ。思ったより早く降り始めて。
まさかこんな所で人に会えるなんて思ってなかったし。いつもは人の気配のない山奥が好きなんだが、こういう時はありがてぇな」
緑の男がタオルを放り投げると、それで頭を拭きながらサンジはひとりでしゃべりまくる。
「へぇ……コレって囲炉裏だよな?いまどきめずらしいな。あんたひとりでここに住んでんの?」
男は答えない。サンジも別に答えを期待したわけではない。
サンジは元々よくしゃべるタイプだ。独り言も多いし、無口な相手にも一方的に話しかける。
答えが返ってこなくても別にいい、話すのが好きなのだと、自分でも思っている。
「あっと、そういやまだ名乗ってなかったな。俺はサンジ。突然押し掛けてすまねぇな。ありがとう」
「………ゾロ」
「ゾロかぁ。いい名前だ。よろしくな、ゾロ」
一方的に話していてもいいのだが、答えがあるとやはり嬉しい。
独り言よりも会話の方が楽しいのは、サンジにとって当然だった。
「なぁ、服この辺に干しといていいか?さすがに濡れたままじゃ気持ち悪いからな」
ゾロと名乗った男が視線をサンジに向けると、それを了承と取ったサンジは早速服を脱ぎ、背負っていたリュックから替えの服を取り出す。
「持って来といて正解だな。さすが俺」
サンジが鼻歌を歌いながら着替える間、ゾロは囲炉裏の傍に座り、中心に吊るしてある鍋をかき混ぜていた。
縁が欠けた碗に液体を注ぎ入れ、着替え終えて寄って来たサンジに渡す。
湯気が立つそれは、優しく、懐かしい香りをサンジに運んできた。
「え、もらっていいの?」
答えはないが、形の違うもうひとつの碗に同じものを注いでいる所を見ると、それが自分のものなのだろう。
ということは、やはり最初のそれはサンジに食えということなのだ。
「ありがと。いただきます」
丁寧に手を合わせてから箸をつけるその様子に、ゾロはそれと分からない程ほんの少し口角を上げ、己も手を合わせて食べ始めた。



こんな山奥に住む無口な男の元に、何を好んであの男はしょっちゅう顔を出すのだろう。
そうゾロが疑問に思うほど、サンジは定期的にゾロの元を訪れていた。
時に手土産を持ってくるのだが、中でも酒はゾロにとってありがたい品だった。
酔うことはないが、サンジと酌み交わすそれは心地よいひと時だった。
同じ人物とこれ程時間を共にしたことはなかったが、この男となら悪くないとゾロは感じていた。
初めはほとんど会話が生まれなかったが、次第に心を許すようになっていった。
人間などロクな生き物ではない。そう思っていたが、サンジは唯一の例外だった。



「じゃ、またな」
「気をつけて帰れ」
初めはひたすら無口だったゾロが、気遣うことを言ってくれるようになったのが、サンジには嬉しかった。
甲斐甲斐しく通っててよかったなぁなんて思いながら、思い切って、これまで聞けなかったことを聞いてみた。
「なあ。お前さ」
少し躊躇ったが、黙って言葉を待つゾロに背中を押され、口に出した。
「ひとりで、寂しくないか?」
こんなことを言ったら怒るだろうか、呆れられるだろうか、なんて思いながらゾロの反応を待ったが、返ってきたのは意外な表情だった。
少し目を見開いたかと思うと、不思議そうに顔を傾げる。
「さみしい?」
まるで言葉の意味がわからないと言っているようだ。
しばらく考えていると、ゾロの周りに小鳥が集まってきた。
肩に、頭に乗って、チチチ…と鳴いている。
ゾロは指で小鳥をあやしながら、あぁと呟いた。
「こいつらが、いるからな」
その顔は、今まで見たことのない優しい顔をしていた。
(ゾロが、笑った……)
無表情なゾロしか見たことのなかったサンジにとって、それは衝撃的だった。
小鳥に少しだけ嫉妬を覚えたが、それよりも己の前でそんな表情を見せてくれたことが、何より嬉しいことだった。
だからサンジも、笑って答えた。
「そっか」
次に来る時は、俺が笑わせてやる、と決め、その時に想いを馳せながら山を下った。



「お前ら、今日は元気ねぇんだな」
慣れた森の中を歩きながら、サンジは木々に話しかけていた。
せっかく歩くのなら違う風景を楽しみたいと、ゾロの元へ行くのに毎回違う場所を通っている。
何処から通ってもいつも温かく迎えてくれる自然達が、今日はいつになく生気がないように見える。
不思議に思いながら歩いていると、いつもゾロの元に近づいて来ると迎えに来てくれる小鳥たちが、忙しなく鳴きながらやってきた。
くるくるとサンジの上を回ると、そのまま勢いよく山を登っていく。
おかしい。
小鳥たちの様子は、早く早くとサンジを急かしているように見えた。
いつものように楽しげに、ではなく、助けてくれと言っているように見えた。
サンジは走った。
言いようのない不安が胸を支配する。
小鳥を追いかけながら、何度もゾロを心の中で呼んだ。

「ゾロっ!」
ノックもせずに木戸を開けた。
中の様子は、いつもと変わらない。
囲炉裏には火が入っており、いつものように鍋が掛けられている。
ただ、そこに座っているはずのゾロの姿が見えなかった。
おかしなことではない。
ゾロだって家にいない時もあれば、奥の部屋にいる時だってある。
一度は風呂に入っている時に訪れ、随分待ったのだ。
ゾロは風呂好きのようで、一度湯に浸かるとなかなか出てこない。
そのまま寝入ってしまうこともあるくらいだ。
危ないから気をつけろよと言っても、そうかと答えてまた同じことをする。
変な奴だ。何が楽しいんだか。また来たのか。
そう言って今日も迎えてくれるはずだ。
靴を脱ぎ、足を縺れさせながら、奥の部屋をのぞいた。
「っ……!」
体が硬直した。
次の瞬間、弾かれたように走った。
「ゾロっ!!」
ゾロが床に倒れ、自分の肩を抱きながら体を震わせていた。
サンジが体を抱き起こすと、その顔は蒼白で冷たい汗を浮かべている。
胸元を握りしめ、まるで激しい痛みを感じているかのように時折体を大きく引き攣らせる。
しかし、ゾロが怪我をしてるようには見えなかった。
「ゾロ、しっかりしろ!」
何度声をかけても、反応はない。
サンジがこの場にいることにも気付いていない様子だ。
「くそっ……!」

ふと、ゾロの目が開いた。
その目を覗き込んだサンジは、声を発しようとして詰まらせた。
目の前の風景を全く映していないその目は、深紅に染まっていた。
燃え盛る炎のような色に変えた瞳は、虚空を見つめている。
ゾロの周りを、ふわりと風が舞う。
次の瞬間、吹き飛ばされそうな程の強力な風を、ゾロが纏った。
サンジの手を逃れ、床を這いつくばって進みながらも、目はここではない何かを見ていた。



サンジはただ見ていた。
為す術がなかったからではない。
己が介入する必要がなかったのである。
(こいつ、まだ気付いてねぇのかな……)
鈍感なヤツ、と痛々しい顔で苦笑し、ゾロがおさまるのを待った。



「火事だ!作業中止!!」
作業服を着、チェーンソーを手に持った男が叫ぶ。
何人もの男達が木を切り倒し、ブルドーザーを走らせていたそのすぐ傍で、火が出たのだ。
あっという間に炎は大きくなり、作業員達は機械を放り出し、這う這うの体で逃げ出した。



深紅の瞳が翡翠に戻ると同時に、ゾロはサンジを認識した。
意識が遠のくのを感じたが、サンジがそれを引きとめた。
「しっかりしろ。ゾロ、俺がわかるか?」
ペシペシと頬を叩き、顔を覗き込む。
その心配そうな顔に、ゾロは少し、笑った。
「……相変わらず、物好きな、奴だな……」
「…………こんな時に、笑うんじゃねぇよ」
不貞腐れて、サンジは言った。
次は俺に笑ってくれよと思った。だが、こんな弱々しい笑顔を見たかったわけじゃない。
こんな、諦めたような笑顔を。
「……俺は、人間じゃない。わかったろ?」
「…………………」
「本来、お前と関わってはいけないんだ」

この世にあるものには、すべて神が存在する。
その昔、万物は神が創造し、その一つ一つに己の意思を宿した。
ゾロもその一つだった。
ゾロは、森そのものだった。
木や草、あたたかな土、水の流れ、そこに住む生き物たち。
そこにある生命の循環を見守り、共に生きてきた。

だが、時の流れは生態系を壊し始めた。
人間は木を伐り、山を刈り、動物たちを追いやった。
神という名が付いていようと、この大きな流れを変えることはできなかった。
破壊への道。
それも、時の流れに違いない。
時の流れを、止めることはできなかった。

自然そのものが己自身である。
つまり、自然を傷つけられると、それはそのままゾロの傷となった。
木を切り倒されると体の内側から切り裂かれるような痛みに苛まれ、人為的な火災が起こると熱に魘される。
今日のように山火事を起こして人間を遠ざけても、それは一時的なものに過ぎず、また同じことがおこる。
行き着く先。
それは、森とゾロ自身の消滅だった。

「俺に、構わない方がいい」
まだ力の入らない体をどうにか起こす。
痛みと怒りで我を忘れ、半ば無理やり力を使ったために、体に負担を掛け過ぎたのだ。
床についた手が、半分ほど透けている。
消滅への前兆だった。
透けた手を見ながら、小さく呟いた。
「……思ったより、早かったな」

その手を、サンジが取った。
今まで見たことのない真剣な目が、ゾロを捉えていた。
「ゾロ。俺と来い」
ゾロの目が、少し揺れた。しかし、また諦めたような顔で笑い、事実を告げた。
「俺は、ここでしか生きられない」
「………………」
「森を離れては生きていけない。そういう存在だ」
「俺がお前を生かしてやる」
「人間のお前には、できないさ」
気持は嬉しいけどなと、少しだけ手を握りかえす。
その途端、体が大きく引っ張られる。
サンジの顔が間近に迫ったかと思うと、唇にあたたかなものが触れた。
驚きで身動きすることも忘れた。
それをいいことに、サンジはゾロの唇を貪り続けた。

「っぷはぁ!!」
ようやく解放されたゾロは、肩で大きく息をする。
顔を真っ赤に染め、信じられない行動に出た男を凝視する。
サンジは、嬉しそうに笑っていた。
「抵抗されなかったってことは、俺達両想い?」
そんなことをにこやかに言う。
「なっ……何をっ……!」
「あ、動揺してるゾロも可愛い。初めて見るな〜」
「ふざけんな!」
「お、今度は怒ったゾロ。今日はいい日だな〜無表情以外のゾロをこんなに見られるなんて」
「サンジっっ!!!」
叫んだ途端、サンジが止まった。
あっと思ったが時すでに遅し。ゾロは耳まで赤くした。
サンジが、こぼれる様な笑顔を見せた。
「初めて、名前呼んでくれた………!」
恥ずかしさに耐えられなくなったゾロは、手で口を覆い、視線を逸らす。
呼ぶつもりのなかった名前。
名前を呼ぶと、特別な何かを持ってしまいそうだった。
だから今まで、決して口にしなかった。
「ねぇゾロ、もっと呼んでよ」
ふるふると、首を横に振る。
それはできない。呼ぶことはできない。
消えてしまう己に、そんな資格はない。

「ったく。お前って、ホント鈍感だよな」
唐突に、サンジが言った。
意味がわからなかったので、問いかける視線を投げる。
まだ恥ずかしかったが、やにさがった顔ではなかったので少し安心した。
「俺が人間だったら、お前今頃生死の境を彷徨ってるんじゃね?」
「は?」
つい、間の抜けた声が出た。
それくらい、ゾロにとって意味不明な言葉だった。
「お前さ、今体ラクだろ?」
改めて言われてみると、透けていた体は元通りになり、重かった体は少しの気だるさだけを残すばかりだ。
そう、おかしいのだ。
ゾロは、というよりも神という存在は、人間との交わりを許されていない。
己の体に悪影響を及ぼすからだ。
口づけひとつであっても、人間とのそれは毒素を体に取り込むようなものだ。
だから、弱った体でサンジと接吻をしたのだから、今頃は瀕死でなければいけないのだ。
「……どういう、ことだ……?」
今さらながらに、迂闊な自分に歯噛みする。と同時に疑問が生じる。
背筋を、冷たい汗が伝った。
「お前は……何者だ……?」

サンジの瞳は、青い色をしている。
空の青だ。
きれいな色だとゾロは思う。
その色が、変わった。
燃えるような、深紅に。
外で、ぱたっ、ぱたっと音がしたかと思うと、その音が大きくなった。
雨が降り出したのだ。
ざあざあという音を聞きながら、ゾロは深紅の瞳から目が離せなかった。

「信じられない?」
紅い目のサンジが問う。
神が力を使う時、その瞳は深紅へと変化する。
「俺は、お前と同じモノだよ」
突然降り始めた雨が、それを証明していた。

「主は、何を司っている?」
口調の変わったサンジの言葉が、体を支配する。
神が、下々の者に慈悲を与えるような厳かな響き。
従うことが当然であり、喜びであると感じられる。
それは、体の奥底に潜んでいるもの。
抗うことなど考えも及ばない、至福の時。
ゾロは跪き、答えた。
「木と土と水を司る者。森とともに在り、森そのものでもある者に御座います」
「我は太陽と空と風の神。万物を生み出す神の子なり」

そこまで言い、サンジはふと空気を変えた。
ゾロが人間だと思い込んでいた時の雰囲気に戻った。
「信じた?」
ニコニコと聞いてくるが、ゾロは頭を上げられなかった。
たった今感じたのは、まさに神々の頂点に立つ神々しさだった。
己が唯一膝をつく相手だった。
何故ここにいるのか、何故自分に構うのか。
そんな疑問が渦巻けど、尋ねられるような相手ではないのだ。
「ゾーロ」
サンジが目の前にしゃがみ込む。
目を合わせてはいけない。それは失礼な行為だからだ。許されて初めて、顔を上げることができる。
ゾロは動揺していた。
神々の決まりや礼儀はあれど、本来神々が顔を合わせることなどないはずだった。
このような事態はあるまじきことだ。どう対処すればいいかなどわかる筈がない。
ゾロにできることは、ぎゅっと目を閉じることだけだった。
「こら。こっち見ろって」
必死の努力も虚しく、サンジがゾロの頬を両手で挟んで己に向けさせた。
ばちりと目が合う。
サンジの目は、既にきれいな空色に戻っていた。
「あ…」
「逃げるなよ?俺は命令なんぞしたかねぇが、お前が逃げるんなら手段は選ばねえからな」
先程の神々しさは何処へやら。ただの青年のように、悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「ですが……」
「その言葉遣いもナシ。お前に敬われたくてお前に構ってるわけじゃねぇからな」
「では、何故……」
神は本来、己の「場」を出ることはない。
そこから出てしまうと、世界の均衡が崩れてしまうからだ。
ゾロ自身、人間の時間にすれば何百年、何千年とここにいる。
サンジも神だというのなら、何故そこから出ることができるのだろうか。
そして何より、何故己の前に姿を現し、関わろうとするのだろうか。
ゾロの疑問を正確に理解したサンジは笑いながら答えた。
「俺には「場」はない。言いかえれば世界そのものが俺自身だ。だから何処にでも行く。
人間に混じって生活したこともあるが、性に合わなかった。やっぱ自然の中にいるのが一番いい。
お前を見つけたのはほんとに偶然だ。あの時はマジで遭難しそうになってたからな」
神が遭難とは何を言うのかと思ったが、次の言葉に納得した。
「俺達は、むやみに力を使うことはできない。神なんて言っても、結局はこの世界を見守ることしかできねぇ。無力なものさ。
……けど、出来ることもある」
間近にある顔を優しげに眺め、緑の髪を撫でる。
「俺は、お前に消えてほしくない。俺なら、お前と共に生きていくことができる」
森が生きるには、太陽と空と風が必要だ。
陽の光で木々は成長し、雨が降れば土は水を蓄える。
ゾロにとってサンジは、なくてはならない存在なのだ。
「自然が消えていく。この現実を変えることはできないかもしれない。それでも俺は、お前を失いたくない。
俺も、お前がいないと生きていけないからな」
それは、ゾロにとっては意外な言葉だった。
森がなくなっても太陽がなくなるということはないのではないかと思ったのだ。
ゾロの表情に、サンジは心外だと口を尖らせた。
「そんな味気ない世界で神やってて何が楽しいんだよ。言っただろ?俺は自然が好きなんだよ」
子供のような言い方に、ゾロは小さく吹きだした。
「あ、笑った!」
すかさず言ったサンジに、ゾロは顔を背けようとする。が、それを許すサンジではなかった。
「コラ、せっかく拝めた笑顔なんだぞ!もうちょっと見せろ!」
今度は必死になる様子が子供っぽくて、ゾロはようやく肩の力が抜けた。
こんな相手に気張っても仕方ないか、と思った。
くすくすと笑うゾロに、やっとサンジもゾロを離した。
「ったく。お前を口説くのにこんなに手こずるとは思わなかったぜ」
「……口説いてたのか?」
「うっわ、どこまで鈍感なんだお前!さっきまでの俺のセリフ、ちゃんと聞いてたか?」
思い返して、ゾロは再び顔を真っ赤に染めた。
追い打ちをかけるように、サンジが口を開いた。
「俺と一緒に来い、ゾロ。お前が好きだ。俺はお前を失いたくない。永遠に俺の傍にいろよ」
「わかった!わかったから、もう言うなっ!」
耳を塞いで喚くゾロに、サンジはしつこく確認する。
「男に二言はないな?」
「ないっ!ないからもうやめ……っ!」
最後まで言い終らないうちに、サンジの唇がゾロを捉えた。
そのまま床に押し倒し、手を絡ませる。
次第にゾロが大人しくなる。
ゆっくりとサンジが顔を上げると、驚いたようなゾロの顔があった。
「わかった?」
ゾロは頷いた。今度こそわかった。
サンジが、己と同じ存在であることが。
口づけを通してサンジから与えられた物は、ゾロの生命の源そのものだった。
陽の光が木々を育むように、サンジはゾロに生気を与えた。
それが出来る存在なのだ。
サンジは、消えゆく己に命を吹き込んだ。
なくてはならない存在なのだと、身体が感じ取った。
サンジにならば、身も心も委ねられる。
ゾロは答えた。
サンジの背に、腕をまわすことで。
共に、生きていくことを。

「サンジ」
名を呼んだ。
特別な想いを込めて。
サンジが、嬉しそうに笑った。



















私は「共存」的なお話が好きなようです。
似たような結末をすでに何度か書いてしまっていますね…。
どんな世界であろうと、どんな存在であろうと、やっぱりお互い魅かれあうんだね!