すきなもの
「ナミさぁ〜ん……」
サンジは、朝食の締めにと、ティーポットからナミのカップに紅茶を注ぎながら、情けない声を発した。
くるっと巻いた眉も、困ったように垂れ下がっている。
「何よ、情けない声出して」
ずばり感じたまま答えると、やはり覇気のない声でサンジは続ける。
「ゾロがさぁ……」
朝っぱらから痴話げんかの相談なんかされたくないわよ、とナミは思ったが、とりあえず内容を聞いてみることにした。
「俺の作るもんは何でもうまいって言うんだよ〜……」
「……それは情けない声で訴えるようなコトなの?」
こめかみがピクっと反応する。
(これは惚気って言うんじゃなかったかしら)
「いや、あーそういうことじゃないんだけど……」
何と言えばいいだろうか、とサンジは少し思案する。
「ゾロにさ、食いたいもんは?とか、好きなもんは?とか聞くんだけどさ。いつも別にないって言われるんだよね…」
「……ああ、そういうこと」
それでさっきのセリフに繋がるのだった。
サンジとしては何かリクエスト欲しいが、ゾロは何でもいいと答えるのだろう。
ちょっとした言い合いになった末、ゾロの言った言葉が「お前の作るものは何でもうまい」だったという訳だ。
「で?だからどうしたのよ」
ナミは、結局惚気を聞かされた気分になったわけだが、あまりにサンジの元気がない為つい聞いてしまった。
「…………その、ナミさんは何か知らないかな、と思ってさ。あいつの好きなもの、とか。俺より付き合い長いだろ?」
「長いって言っても、そんなに大差ないとは思うわよ?」
「でも、……これはウソップの奴が言ってたんだけど、俺がこの船に乗ってからあいつ、………あんまり感情を表に出さなくなったんだろ?」
それはきっと、サンジにとっては嬉しくないことなのだろう。沈みがちに問いかける。
「ん〜……言われてみればそうかもしれないけど……でもあいつ、元からそんなに感情表現豊かじゃないわよ?」
「うん……そうなんだ……」
何をこの男はそんなに悩んでいるのだろうかとナミは思う。
確かにゾロは感情表現は豊かではない。しかし、感情がないわけではないのだ。その出し方が乏しいだけなのだ。
サンジが来てからは…とウソップが言うのは、おそらく妙なライバル心と照れからではないのだろうかと、ナミは思っている。
(全く、しょうがない男ね)
男って面倒だわ、と思いつつも、暗いサンジよりいいかと考え、ナミはアドバイスすることにした。
「サンジくんって、本当にゾロのこと好きなの?」
「好きだよ!」
間髪あけずに答えるサンジに、ナミは好感を持つ。女好きのくせにゾロ一筋。そんなところが実は好きなのだ。
ナミだってゾロのことが好きだ。それはサンジとは違い、兄のような弟のような、家族に近い感覚だけれども。
自分が好きだと思う相手を、仲間も好きだと言ってくれる。それはナミにとって嬉しいことだった。
「じゃあ、ちゃんとゾロのことを見てあげなさいよ」
「……え?」
「あいつ馬鹿だから、自分のことを自分で分かってないことが多いのよ。でも、顔は正直よ」
「……顔……」
「表情の変化は確かに少ないんだけど、すぐ顔に出るタイプでもあるのよね。変なヤツなのよ」
「……顔に、出る?」
「だから、見逃さずに、サンジくんが表情を拾ってあげるといいんじゃないかしら?」
サンジは呆然としてしまった。
確かに今まで、言葉を求めてしまっていた。ゾロの表情をよく見るなんてことを、してこなかったかもしれない。
ナミの言葉を理解すると、今度は嬉しそうな顔をナミに向ける。
「ありがとうナミさん!」
「お礼は今日のおやつね。ショートケーキが食べたいわ」
「よろこんでっ!!」
サンジは早速、ゾロの観察に入った。まずは昼飯。
朝食はサンドウィッチだったので、昼はパスタにしようと考える。
しかも、バイキング形式だ。
(10種類ほど作ってゾロの表情の変化を見極める!)
なかなかいい案だと自画自賛する。
そうと決まれば早速準備だ。
メシだと呼ばれ集まった面々は、本日のランチの豪華さに驚く。
「うおーすげえーーー!!いっぱいある〜〜!!」
「今日は10種類のパスタに3種類のスープ、サラダにパンにフレッシュドリンクだ!心して食え!!」
「「「いっただっきまーーす!!」」」
「ナミさんはどれから食べる?お取りいたしますよ」
「じゃあ、そのアスパラが入ってるやつと、ミートソース」
「かしこまりました」
ルフィと格闘しつつもニコニコと取り分けるサンジを見て、思わずため息をつく。
「サンジくんって、極端な性格よね」
「そう?はい、これがアスパラとじゃがいものクリームソース、こっちはナスとチーズのミートソースね」
2種類のパスタを小皿に取り分け、サラダとオレンジジュースをナミの前に置く。
「スープはどうする?コーンスープ、ミネストローネ、この緑のはブロッコリーなんだけど」
「じゃあミネストローネ」
スープを皿に入れながらも、サンジの視線はゾロへと注がれている。
ナミもつられてゾロを見ると、ルフィに負けじとパスタを頬張っている。
(ほら、あんなに嬉しそうに食べてる。これに気付かないなんて、サンジくんも馬鹿よね〜)
それとも好き好きフィルターで逆に何も見えなかったのかしら?なんて考えながらアスパラとじゃがいものクリームソースから手をつける。
「うん、おいしい」
「ナミさんにそう言ってもらえるなんて幸せだ〜〜〜〜」
「はいはい、もういいから、あんたはゾロの観察でもしてなさい」
ひらひらと手を振り、サンジを追いやる。
ゾロの表情の変化を見るためにわざわざ10種類ものパスタを作ったのだ。
全く馬鹿な男、と再び思う。
サンジは、自分も食べながらゾロの様子を観察する。
(ホントにあんまり表情に出ないよな〜けど、確かに変化はしてる……)
ちょっと目を見張ったり、頬が緩んだり、口角が上がったり。
眉間にしわを寄せることもある。口に合わなかっただろうかとサンジは思ったのだが、その時は食べるスピードが速くなった。
(……うわ、どうしよう……可愛い………)
男相手に可愛いなどという感想を抱いたのはゾロが初めてだ。いや、今後もゾロ以外にそう感じることはないだろう。
つい手が止まりぼけーっと見ていると、ゾロと目が合った。
その瞬間、ゾロは目を細めて、また食事へと戻っていった。
(わ……笑った……!!)
何見てんだとか言われるのかと思っていたので、不意打ちに顔がかぁーっと赤くなる。
ずいぶんと機嫌がいいようだ。好きなものでもあったのだろうか。
(あれ、好きなもの……あったのか?)
ゾロに好きなものはなんだと聞いても、特にないと言われた。
しかしナミは何と言っていただろうか。自分で自分のことがわかっていない、つまり……。
(あいつ、自分で自分の好きなもんわかってねぇんじゃ……)
そこに思い至り、なんて鈍い男なんだと脱力する。そりゃ何を聞いても無駄だ。
(ったくしょうがねぇ奴)
これは自分が何とかせねば、と妙な気合いを入れ、ぐいっとジュースを一気飲みした。
「ゾーロ」
昼食を終え、食後の運動をして汗を流し、昼寝をしていたゾロの元にサンジが寄ってきた。
その手にはトレイを持っており、ショートケーキとコーヒーカップが2つずつ乗せられていた。
今日は珍しくゾロと一緒におやつを食べるらしい。
「ほい、おやつ」
「……ん、さんきゅ」
深く寝入っていたわけではないのでゾロはすぐに起き上がり、サンジを迎えた。
「今日はナミさんのリクエストでショートケーキ。シンプルでスタンダードなものこそうまいんだぜ?」
「……いただきます」
相変わらず礼儀正しく手を合せ、フォークを手に持つ。
一口食べると目を細め、味わうようにゆっくり食べ進める。
「うまい?」
「……ああ」
サンジはその様子を満足そうに見つめたあと、自分のケーキにも手をつけ始める。
ゾロは意外にも甘いものが好きなのかもしれない。そう思ったサンジは、リサーチを開始する。
「それ、好き?」
「あ?」
「その、ショートケーキ」
ゾロはしばらく考えるが、よくわからないらしく首をひねる。
(そんなに嬉しそうな顔して食うくせに、わかんねぇのかよ)
馬鹿なくせに可愛いやつめ、なんて思いながら、言葉を選んで質問していく。
「じゃあ昨日のおやつ覚えてるか?ヨーグルトにフルーツ乗せたやつ」
「ああ」
「あれとこれ、どっちがいい?」
「んー…………これ?」
「今日の昼飯で、色んなパスタあったろ?トウガラシが入ったやつと、ベーコンとマッシュルームが入ってた白いやつ、どっちがいい?」
「…………?……ああ、あれか。白いやつ、かな?」
(よし、ペペロンチーノとカルボナーラだと、カルボナーラの方が好き、と)
ゾロの好みを心のメモに留めながら、いくつか質問をしていく。
「ああ、そういえば……あれはついおかわりしたな」
「どれ!?」
「なんか、のりがのってたやつ」
「あれか!!」
梅干しを和えて刻みのりをのせたちょっぴり変わり種を作ってみたのだ。それが好みだという。
「ああ、うまかった」
ゾロがまた笑った。目を細めて。
(あっ!)
そういえば、お昼を食べていて目が合った時、ゾロは何を食べていただろうか。その、のりがのったやつを食べていなかっただろうか。
あの時も目を細めていた。
ケーキを一口食べた時も目を細めていた。
今も、のりがのったやつを思い出して目を細めていた。
つまり……。
(それが、こいつの合図……?)
自分でも気付かない好きなものを前にしたとき、ゾロは目を細める癖があるのだ。
(こいつ、目で笑うんだ……)
新たなゾロの一面を知り、サンジは嬉しくなった。
これから、もっとゾロの表情の変化を知りたいと思った。
そして、自分の料理で目を細めるゾロを、もっと見たいと思った。
「よし!」
サンジは膝を叩いて立ち上がり、空いた食器を片づける。
「夕飯も楽しみにしてろよ」
トレイを手にキッチンへ行こうとしてゾロに声をかけるが、ぴたりと動きが止まる。
「…………!!?」
ゾロが、寂しそうな顔をしている、気がする。
気のせいだろうか、いやきっとそうだ、ゾロが寂しがるなんて……とそこまで考えるが、思い直す。
今ずっとゾロの表情を観察していたサンジは、その変化に敏感になっている。
ゾロは表情の変化が少ない。しかし、顔に出やすいとナミは言っていたではないか。
おそるおそる、提案してみた。
「……これ片付けたら、たまには一緒に昼寝してみる?」
次の瞬間、ゾロは目を細めた。
それはそれは嬉しそうに。
「ぶふーーーっ!!」
そのあまりの可愛さに耐えきれず、思わず鼻を押さえて屈みこむ。
「どうした?」
きょとんとした顔でサンジを見るが、サンジはその無防備な顔をヤメロと叫びたい。
「い、いや……すぐ戻ってくる」
トレイを持ってキッチンへ這うように戻る。そして猛ダッシュで後片付けをし、ゾロの元へ飛んでいった。
またあの表情を見たいがために。
「ぜってぇ、いつかリクエストさせてやるっ!!」
サンジは新たな野望を胸に、ゾロの元へ昼寝に向かうのだった。
これ書いてたらパスタが食べたくなり、今日の夕飯はパスタにしました。
ゾロは和なイメージだから、食べ物も和系が好みなんじゃないかしら。
サンジがそれに気付くのはいつでしょうね。
でも、うちのゾロは甘いものは何でも好き。ケーキも餡子も好き。