嬉しい



「んナミさ〜ん!!ディナーのご用意ができましたよ〜〜!!ヤローども、メシだっ!!」
サンジがキッチンから顔を出して叫ぶと、あっという間にルフィが(文字通り)飛んできた。
「うほほーい、メシだメシだ〜〜!!!」
「ぅおおい待てルフィ!おれの分まで食うんじゃねえぞ!!」
ウソップがルフィの後を慌てて追いかけ、その後にはナミが笑顔でついてくる。
「ん〜やっぱりコックさんがいるっていいわね。食事に困らないってのは嬉しいことだわ」
「ナミさんにそう言っていただけるなんて……光栄ですっ!!」
「いっただっきまーーす!」
「おいルフィ!ったく…。どうぞ、ナミさん」
「ありがと」
サンジは恭しくナミの椅子を引き、グラスにワインを注ぐ。
「ふぁいいいほんなうあいめひがふえうわんえ、ふぁいほうなは!(毎日こんなうまいメシが食えるなんて、最高だな!)」
「ほうなは!!(そうだな!!)むぐむぐ……」
「お前ら食いながらしゃべんじゃねえ!!」
このクルーは5人とはいえ、とにかくルフィの食べる量が半端じゃない。
サンジはひたすら給仕に精を出していた。
「ゾロは?また食べそびれちゃうわよ?」
ナミはふと思い出したように、ここにいない人物のことを訊ねる。
「さあ、そういやおれは見てねぇな」
「おお、ゾロなら船尾にいたぞ?もぐもぐ……」
「ああールフィ!おれの取るんじゃねえ!!」
「ったくうるさいわね。もう3日でしょ?サンジくん、朝もお昼も食べに来る様子ないんでしょ?」
「そうなんだよ。あのマリモ、酒はいつの間にかくすねて行くんだけどね」
「そろそろ食べてくんないと、いざって時に動けないと困るのよね。悪いんだけど、様子見てきてくれない?」
「ナミさんのご要望とあらば。じゃあごめんね、ちょっと席外すけど」
「お願いね」
「はいっ!」
サンジは騒がしいキッチンを抜け、ルフィが姿を見たという船尾に足を向ける。
ココヤシ村を出て3日、ゾロは一度も食事に現れなかった。
それはつまり、まだサンジの料理を口にしていないということだった。
サンジはそれにイライラしていた。
なぜ食べない。そんなに俺の作ったものが気に入らないか。
初めて会ったその瞬間から、ソリが合わないと思っていた。それは向こうも同じだろう。
ココヤシ村でも喧嘩をした。この船に乗ってからも、顔を合わせれば喧嘩をした。
(まだ俺を信用してないってか)
サンジがそう思うのも仕方なかった。ゾロの態度は、サンジを嫌悪しているとしか思えなかったからだ。
しかし、今日はナミのお達しがある。イライラが募ったのもある。
今日こそは食べさせようとサンジは決めた。
(どんなに信用されてなかろうが、嫌われていようが、俺のメシを食わねぇってのが気にいらねェ)
サンジは自分の料理に自信を持っている。誇りもある。
それを無下にされて黙っていられる性格ではなかった。

コツコツと足音を立てて近づき、壁に凭れかかり胡坐をかいて寝ているゾロの前で立ち止まる。
「おい」
声をかける。が、反応はない。
「起きてんだろ。てめぇが俺の前で寝こけるはずぁねえからな」
足で軽くゾロを小突く。
するとゾロは仕方なしに…といった風に目を開ける。
「……んだよ」
いかにも不機嫌そうな声で答え、サンジを睨みつける。
「メシ」
「…いらね」
「食え」
「いらねえ」
「3日だ」
「だからなんだ」
「腹減るだろ、普通」
「うるせえ」
「黙って食えって言ってんだろ!」
「だからいらねえって言ってるじゃねえか!」
「いい加減にしやがれっ!!」
サンジはカッとなってゾロの胸倉を掴む。ゾロは負けじと睨み返す。
そのまま引きずってでもキッチンに連れて行こうとするが、ゾロは暴れて抵抗する。
力ずくで口にメシを捻じ込んでやろうかなどと考えていたサンジだが、突然ぴたりとゾロの抵抗が止んだ。
思わずサンジも動きを止めるが、次の瞬間、ゾロがサンジを引き離して船の外へ体を乗り出した。
「っ、おい!」
慌てて駆け寄ろうとするが、次のゾロの行動に体が動かなくなった。
「……ぁ、かはっ……ぅえ…っ………」
ゾロが、海に向かって嘔吐したのだ。
しかし、ここ3日何も食べていないであろうゾロの胃から出るものといえば、酒と胃液だけだった。
吐くものも大してなく、冷や汗を流しながら体を捩る。
サンジはただ茫然と、その様子を見ていた。
ひと通り落ち着いたのか、ゾロは息を切らせながらその場に座り込み、口元を拭う。
「…お、まえ……」
驚きで声を詰まらせながら、サンジは問いかけた。
「まさか……食えねえ…のか?」
「…………だから、いらねえって言った」
「………ココヤシ村から、ずっとか?」
「……………」
ゾロは答えなかった。しかしそれは、肯定を表していた。
何故だ、とは聞かなかった。おそらくは、鷹の目との戦いの傷が深く、体が受け付けないのだろうと思った。
何でもないって面をしているが、全治2年の大怪我だ。
だがそこまで考えて、何かが引っ掛かった。
(……鷹の目との戦い……?)
あれは確か、アーロンと戦うもっと前、……バラティエでの話ではなかったか?
「おまっ…まさか、バラティエから何も食ってねぇんじゃねえだろうな!?」
(ココヤシ村の宴会でも、酒しか飲まなかったということか!?)
バラティエを出てココヤシ村に着くまでどれくらい経っている?ココヤシ村では何日過ごした?
考えるほどに、サンジの顔から血の気が引いていく。
飢えた記憶が頭を掠める。あの傷のダメージの大きさを思い知る。
そしてそれ以上に、己の不甲斐なさに憤りを感じた。
あまりに平然とした顔をしているから気付かなかった。本当はコックとして、真っ先に気付かなきゃいけなかった。
クルーの不調に。
プロなら、その人間の体調に合わせたものを作らなきゃいけなかったのに。
それを怠ったことになってしまった。
ゾロを気に入らないだとか、馬鹿な奴だとか、ムカつく野郎だとか……ほんの少しの、認めたくない羨望の気持ちだとか。
それらが先行して、ゾロ本人を見ていなかったことに気付き、後悔と怒りを覚えた。
「お前……それならそうと、黙ってないで言えよ!そんなに俺は……信用できないのかよ……っ!」
きっと言うような奴ではないとどこかで思っていたけれども、そう言わずにいられなかった。
ぽろっと漏れたサンジの本音に、今度はゾロが驚いたような表情をする。
「……信用?」
「………そっちは気にしなくていいんだよ、メシのことは俺に言えって言ってんだ」
言うつもりなどなかった言葉がつい口をつき、バツが悪くなる。
そっぽを向き、弁解するように言葉を続ける。
「どうせ船長が勝手に連れてきたヤツだとでも思ってんだろ。んなことはいいんだよ。俺が言いてぇのは、俺がこの船のコックだってことだ。
メシのことはすべて俺の管轄だ。俺に黙って勝手なことすんじゃねえ」
しゃべってる間もゾロはサンジをまじまじと見つめていた。まるで不思議な生き物でも見るような目だ。
「お前、そんなこと思ってたのか?」
「何がそんなことだ!コックなんだから当たり前だろ!?」
「いや、そうじゃなくて……」
珍しく、いや初めて喧嘩腰でなはいゾロの話し方に、サンジは変な心地でゾロを見る。
「お前、俺に信用されてないと思ってたのか?」
「…………………………………は?」
たっぷり10秒はかけてサンジが発した言葉は、なんとも間抜けなものだった。
「あ、いや、だから………」
言ってからゾロも、あまりにストレートな言い方だったと恥ずかしくなり、目線をそらす。
もちろん気に入らねぇとは思っていたものの、信用どうこうまでは考えていなかった。
ルフィが選んだ男、それだけでゾロには十分だったからだ。
それに、2人で戦ったあの空間は、悪くなかった。
「…………………………………悪かったよ」
ゾロも、たっぷり10秒はかけたあと、ぼそりと呟いた。
勘違いさせていたことと、サンジの作ったものを食べなかったことに。
別に意地を張って食べなかったわけではなかった。
単純に体が受け付けなかったのだ。
食べるともどすことが目に見えていたので、それはさすがに悪いと思った。
腹が減るというより、気持ち悪かった。ゾロ自身は決して認めようとしないだろうが、精神的なものもあった。
しかし、みんながうまそうに食べている料理を、食べてみたいとも思った。
何とも言えない沈黙が2人の間に生まれる。
しばらくその状態が続いたが、突然サンジが動き出した。
「お前、ちょっとここで待ってろ!」
ばたばたとキッチンへ駆け戻るサンジを見て、ゾロはいつの間にか体に入っていた力を抜く。
見せるつもりなんて当然なかった。突っかかってくるから抵抗したら、気分が悪くなってしまった。
嫌な奴に見られたな、とは思ったものの、なんだか悪い気はしなかった。
そして、サンジという男に、少し興味を抱いた。
いや、もともと興味はあったのかもしれない。何せ、顔を合わせれば喧嘩だ。
本当に関わりたくない奴とは、喧嘩にすらならない。
(待ってろってことは、戻ってくるんだよな…?)
なんだかスッキリした気分なので、とりあえず待ってみることにした。
別にすることもないので、胡坐をかいて目を瞑る。
(あぁ、いい匂いだな……)
キッチンから、食べ物の匂いが漂ってくる。
これまでは、匂いだけで気分が悪くなっていたが、今は平気だった。
不思議なものだ。気分ひとつで、自分のまわりの世界が変化する。
(……もしかして、何か作ってんのか?)
あのクソコックが俺に?とは思ったものの、案外予想は外れていないような気がした。
ようやく、コックのメシが食えると思うと、なんだか浮かれた気分になる。
それを、嬉しいと言うのだとまでは、ゾロは気付かない。
でも、今は食べられる気がした。

「ほれ」
サンジが持ってきた料理は、色んな野菜を細かく刻んでスープにしたものだった。
「これなら食えねぇなんて言わせねえからな」
湯気の立つその皿を、トレイごとゾロの前に置く。
サンジはそのまま立ち去らず、仁王立ちでゾロの前に構えている。食べるまで去らないという断固とした姿勢だ。
ゾロはスープの入った皿を見る。
(……大丈夫、気分は悪くねぇ)
食事のありがたみは、ゾロにだってわかっていた。それは、海賊狩りの頃に身をもって知っていた。
これならきっと食べられる。そう思い、手を合わせる。
「いただきます」
サンジはゾロの行動に少し目をみはった。いただきますなんて言うとは思ってなかったからだ。
(ああ、剣士だもんな。礼は重んじるんだろう)
食べるってことがどういうことか分かっている人間だ。そう思い、少し口角を上げる。
(案外おもしろい奴かもな。めちゃくちゃのようでいて、己の中ではきっと筋が通ってんだ)
そういう人間は、サンジは嫌いではない。
今まではただ闇雲にお互い睨み合っていたが、これからはいい意味でもライバル足り得るのではないかと、なんだかうきうきした気分になる。
そんなことを考えているうちに、ゾロがスープを口に運ぶ。
サンジとしては緊張の一瞬だ。こいつに、自分の料理を認めさせたい。
ゾロとしても緊張した。ちゃんと食べたいと思った。
腹の中に入ったスープは、まるで全身に染みわたるようだった。
そして、やはり腹が減っていたのだと実感する。
今まで何も食べられなかった分、少し口にしただけで体にエネルギーが戻ってきたかのようだった。
胃に優しく、栄養価が高いスープ。
それはまさに、今のゾロの為の料理だった。
吐き気を催すこともなく、きれいにスープを平らげたゾロは、再び手を合わせた。
「ごちそうさま」
「……おう」
ゾロがきちんと食べきったことが嬉しく、しかしそれを悟られるのはなんとなく悔しく、サンジはぶっきらぼうに答える。
「お前、これからはちゃんと言え。そしたら、食いやすいもん作ってやるから」
「へぇ、お前が俺に?わざわざ?」
「おう!コックだからな!」
からかうように聞き返したのに、なぜか鼻息を荒く宣言するように返され、思わずゾロは噴き出す。
「……ぶっ」
「っ…!何がおかしい!!」
「い、いや?」
笑いを堪えようとするものの、腹筋が揺れる。全治2年の傷が痛むが、それよりサンジのほんのり赤くなった顔がおかしかった。
「わかったか!メシに関しては俺に言え!隠し事するな!約束しろ!いいな!?」
「ああ、わかった」
まだ笑いながら、ゾロは答える。
この時まだサンジは、ゾロにとっての約束がどれほどのものかを知らなかった。
しかしゾロは、きちんと応と言った。
ずっと何も食べられなかったのに、サンジはスープひとつでゾロを救った。
それは、ゾロにとってはとてつもなく大きなことだった。
これはきっと、嬉しいと言うものだと、今度は気付いた。

















古いと言われようが書いてみたかったアーロンパーク後。
絶対サンジは、鷹の目と戦ってるゾロに惚れたんだと信じて疑いません。
このアーロンパーク後のサンゾロは、色々な妄想が膨らみ続けます。