「サンジーーーーー大変だーーーーーー!!!」
「ゾロが……ゾロがぁぁぁああ!!!」
ルフィとウソップが、キッチンへと駆け込んでくる。
あまりの慌てっぷりに、夕食の後片付けをしていたサンジの手が止まる。
「ゾロがどうした!?」
「いいから来てくれ!」
「お前じゃなきゃダメなんだ!」
ルフィの口から、サンジでないとと言わしめる。
異常事態と判断したサンジは、ピンクのエプロンを着けたまま飛び出した。
「男部屋だ!」
ウソップの声を後ろに聞き、勢いよく男部屋の扉を開き飛び降りた。

そこで見た光景は、確かに異常事態だった。



酔っぱらいにご注意



「お前、何してんの………?」
ゾロは床に直に座り、チョッパーを抱えていた。
それだけならよくある事なのだが、ぎゅうぎゅうと抱きしめ顔を埋め目をトロンとさせ口をとがらせていた。
「なぁチョッパー〜どう思うよー。最近あいつ、忙しいからって全っ然相手にしてくんねぇんだぜ〜」
チョッパーはといえば、ゾロの馬鹿力で締め付けられ泡を噴いていた。
「いつもは自分からちょっかいかけるクセによ〜俺がささやかにちょっかい出しても気付かねぇんだぜ〜」
泡を噴いていることにも気付かず、サンジが来たことにも気付かず、ゾロはただチョッパーの感触を楽しみながら愚痴だか惚気だかわからないことを言っている。
様子がおかしい。明らかにおかしい。
まるで酔っているようだったが、ゾロが酒に酔うなど今まで一度もなかったのだ。
辺りに酒瓶が転がっていても、すぐに酔っているとは判断できなかったサンジである。
とにかく、このままではチョッパーが危ないと思い、ゾロから無理やり引き剥がす。
ゾロは、一瞬お気に入りのぬいぐるみを取られたかのような表情をしたが、相手がサンジだと気付くと、嬉しそうに笑った。
「サンジ!!」
三歳児がお迎えのお母さんを見つけた時のような、頬を上気させた顔だ。
更にゾロは、勢いよくサンジの腰に抱きついた。
「うわっ」
バランスを崩し、体勢を立て直せずそのまま床に背中を打ち付けた。
「来てくれたのか!!」
そのひまわりのような笑顔に、サンジは眩暈を覚えた。

これは一体何だ。
夢でも見ているのか。
ゾロが笑ってる。子供みたいに素直に。
何かがおかしい。
なんで俺は押し倒されてんだ。
なんでこいつは抱きついて離れないんだ。
この状況はなんだ!?

そんな疑問がぐるぐると頭を回っている。
眩暈に耐えていると、開けっぱなしだった天井の扉から、ルフィとウソップが顔を出した。
「すまんサンジ!ルフィが悪いんだ!こいつが酒飲ませたから…」
「ああ!ずりぃぞウソップ!お前だって飲ませたじゃねぇか!」
「お前が持ってきた酒飲んでゾロがおかしくなっちまったんだろっ!」
「だってこないだナミがうまそうに飲んでたんだもんよ〜」
「うわ…ルフィお前っ、ナミからかっぱらってきたのか!?」
「おう」
「殺されても知らねぇぞ…」
「まあそーゆーことだ、サンジ!」
「あとは頼んだ!」
じゃ、と手を翳し、ルフィは腕を(文字通り)伸ばしてチョッパーを引っ掴み、彼らはそそくさと退散した。
「……あいつら、あとでオロしてやる」

さて、問題はこのラリった状態のゾロをどうするか、ということだった。
先程から、ピンクのエプロンにすりすりと頬を擦りつけ、腕を腰にまわしたまま離さない。
まるでお母さんと子供の図だ。
(酒飲ませたって…コイツがそんなんで酔っぱらうかぁ?)
剣士は酒に飲まれるようなことがあってはならないと普段から豪語するだけあり、酔った姿は終ぞ見たことはない。
しかし今現在、まさにそのような事態になっているわけであり……。
(この場合、何上戸って言うんだろう……甘え上戸?)
などと少しずれたことを考えながら、ゾロを引き剥がしにかかった。
「おいゾロ、いい加減離れろ」
「むぅ、だーめー!」
「ぶはっ!!」
頬を膨らませ、離れまいとぎゅうぎゅう抱きつくゾロに、サンジはおもいっきり噴き出した。
これではまるで、本当に幼児になってしまったかのようだ。
あのゾロがあのゾロが……と、意味のわからない言葉がぐるぐると頭を回る。
(これは可愛いと言っていいのか!?それとも気持ち悪いからヤメロと言うべきなのかっ!?)
ぐるぐると考えすぎて、目も回ってしまいそうだった。

まずは状況を整理しようと、何度か深呼吸をして落ち着く。
一体何をどれだけ飲んだらこうなったのだろうか。
「ゾロ、お前どれくらい飲んだんだ?」
「ん〜?」
「誤魔化すな」
「……だって、サンジ怒るだろ?」
「正直に言えば怒らねえよ」
「ほんとに?」
「ああ、ほんとだ」
「…………。……コレねぇ、全部、ルフィとウソップとチョッパーと飲んだ」
何本も足もとに転がっている瓶を指し、素直に答える。
夕食の時も飲んでいただろうに、相変わらずの飲みっぷりだと呆れる。
「じゃあ、ルフィがナミさんから貰ったってやつは?」
「貰ったんじゃなくて勝手に取ってきたんだぞ」
「あーわかったわかった。じゃあルフィが取ってきたのはどれだ?」
「んーとねぇ………あ、コレ」
コレ、とゾロが手にした瓶のラベルを見て、脱力する。
得心した。
ゾロがあまり好んで手にしないタイプのものだ。
果実から造られるやたらと甘い上に、実は度数の高いリキュール。
いつぞやかに上陸した島で売っていた地酒で、ナミが気に入っていくつか購入したものだ。
しかも本来はフルーツの果汁などで割って飲むものだが、この様子だとそのまま口にしたのだろう。
単にアルコールに酔ったわけではなく、甘さとアルコールで悪酔いしているのだ。
そのまま飲むものではないことを知っていただろうに、ルフィ達と調子に乗ったのだろうか。
元々どれ程の量が残っていたのかはわからないが、しっかり空になっている。
「……怒ってるか?」
捨てられた仔犬のような顔をするんじゃねぇ…!と言いたくもなる。
怒っていないといえば嘘になる。食料を管理している己に無断でこんなに大量に酒を飲んだのだから。
だが、正直に言えば怒らないと言ってしまった手前、いつものように雷を落とすのは躊躇われた。
子供のようなゾロを見ていると、余計に。
「…………いや。怒らないって言ったからな」
「………ごめんなさい」
なんとか怒りを呑み込んで答えたが、ゾロはサンジの怒りを感じ取ったらしい。
殊勝に謝ってきた。
「なんでこんなにめちゃくちゃに飲んだんだ?言ってみろ」
酒に飲まれるなど、普段のゾロにはありえないことだ。
いくらお子ちゃま達と戯れていても、いくら甘い酒を大量に飲んだといっても。
剣士としての誇りを持っている限り。
「………………」
答えない。
言えない理由でもあるのか。ただの意地か。
「ゾロ」
まるで親の気分だった。ゾロがあまりにも子供っぽい言動だからだろう。
怒ってるなんて言いながら、サンジはこの状況を若干楽しんでいた。
頭を撫でようと伸ばした手に、ゾロの体がびくんと震える。殴られるとでも思ったのだろうか。
(可愛い…。)
ぎゅっと目を瞑るゾロの頭をあやすように撫でてやる。
「殴ったりしねぇから。ほれ、言い訳してみろ」
しばらく黙っていたゾロだったが、撫でる優しい手に促され、伺うようにサンジを見てから口を開く。
「……だってお前、最近ちっとも相手してくんねぇんだもん」
「…………はい?」
「メシ食い終わってキッチンで待ってても仕込みで忙しそうにしてるし、一緒に飲んでてもレシピ書いてるし、喧嘩もないし……」
「…………えーと………」
確かに思い返せば、最近ちっともゾロと戯れていない。
というもの、料理人としての血が滾る日々が続いているのだ。
前に立ち寄った島は食料が豊富だったので、様々なものを買い込んだ。
また、今走っているこの海域も、魚に海王類に種類が豊富なのだ。ルフィやウソップが面白いほどに釣れるんだとはしゃいでいる。
こんなにも海の上で食料に恵まれているのだから、日々の食事や保存食を作るのに夢中になるのはサンジとしては当然の成り行きだった。

しかし、ゾロにとってはそれがおもしろくないらしい。
もちろん料理をしているサンジは好きだ。
だが、そればかりになって自分を見てくれなくなったことに不満を覚えたのだ。
それに気付いたゾロは愕然とした。
いつの間に己はそんなにもサンジを求めるようになったのだろう、と。
いつもちょっかいをかけるサンジを疎ましく思っていたはずなのに。
サンジがべたべたしてくるから付き合ってやっているだけだと思っていたのに。
いざその戯れがなくなって初めて、己も楽しんでいたんだということに気付いた。
気付いたが認めたくなくて、そんなわけあるかと否定して動揺していたときに、ルフィに誘われ酒盛りをした。
だから、ナミの酒に気付かなかった。
酒を呷って、飲み終えたときに気付いた。
しまった、甘い。
気付いた時にはもう酔いが回っていた。
冷静な自分が、頭のどこかでそれ以上しゃべるなと警告しているが、すでに箍は外れていた。
自棄にもなっていた。
一度口をついた本音は、止まらなくなった。

「もっと、かまえよ」

目を潤ませながらの告白に、サンジは固まった。
要するに、お前が好きなんだもっと遊んでということだと理解した時、一瞬にして顔を真っ赤に染めた。
ゾロってばホントに俺のコト好きなのかよ何て淡白な奴なんだもしかしてこれって一方通行の恋かよ、と思っていたサンジに、クリティカルヒットである。
フリーズし、じっとゾロを見つめ。
やがて、じわじわと心に熱が広がる。
ゆっくりとゾロを抱きしめ、ぎゅっと力を込める。
「……うん、ごめん」
酔っ払ってても、ゾロの言葉だ。
いや、酔っ払っているからこその本音かもしれない。
そう思うと、嬉しくて仕方なかった。
「もっと、一緒にいような」
「……ばかコック」
ゾロもサンジの腰にぎゅっとしがみつき、顔を肩に埋める。
そのまま酔いが醒めるまで、誰からの邪魔も入らずじっと抱き合った。



「……ゾロ、そろそろ離して?どこにも行かないから」
そろそろ大丈夫だろうと、サンジは体を離すためゾロの背をポンポンと叩くが、逆に力を入れられてしまった。
「ゾーロー?」
このままでも構わないといえば構わないのだが、下半身が元気になってしまう。
そうなると照れ屋なゾロからまずは鉄拳が飛んでくるので、それは避けたい。
せっかくいい雰囲気なのだ。縺れ込むなら自然に持っていきたい。
(ん?照れ屋……?)
「あ」
そうだ。ゾロは照れ屋だ。
あんなに大胆なことを言ったのだ、だから酔いが醒めて我に帰ったら……。
(あぁ、恥ずかしくて顔上げらんねぇのかぁ)
隠れている顔は、恐らく真っ赤に染まっているのだろう。先程までの己の言動を思い返して。
その証拠に、いくら顔を隠しても、目の前にある首筋は朱色にかわっている。
(ぷくく、可愛いヤツ)
声に出して笑うとそれこそ鉄拳が飛んでくるだろうから、サンジは心の中でこっそり笑った。

「ゾロ、今日は一緒のハンモックで寝よっか」
「んなコトできるかっ」

恥ずかしくて?
思わず聞いてしまい、結局ゾロの拳は、サンジの横っ面にクリーンヒットした。
それでも、ついヘラヘラと顔が笑ってしまうのは仕方ないゾロが可愛すぎるからだ、とサンジは幸せを噛みしめながら思った。















ぐだぐだなゾロを書いてみたかったのです。
普段は絶対酔わない人が酔ったら、すごく貴重です。
海賊設定で酔っぱらうゾロってのは難しいですね…。