「ハァッ、ハァッ………」
船を飛び出したところで、ゾロに行くあてなどあるはずもなかった。
ただ船から離れたい一心で街の中を駆け巡る。
ギリッと歯を食いしばる。
何も考えたくない。今、現実から逃げているのだということすら忘れ去りたかった。
しかし、追い出そうが追い出そうが、様々な想いが頭の中で渦巻く。
世界一の剣豪。
鷹の目。
男の自分。
女の身体。
サンジ。
仲間たち。
そして、くいな。
女の自分を嘆いたくいな。
世界一を誓い合ったあの日。

今の己は、くいなを否定している。

それに気付きたくなくて、でも心のどこかではわかっていて。
否定などしたくはない。約束したのだ。たとえ女でも関係ない、己か彼女かどちらかが大剣豪になるのだと。
しかしそれでも、本心は嫌だと叫んでいた。
女の体では、大剣豪になんてなれない……。ゾロはそう確信してしまっていた。

『私を否定するんだね』
「違う……」
『違わないじゃない』
「否定なんてしてねェっ」
『でもあんたは、その体を嫌ってる』
「だって、俺は……」
『女の体は弱いと蔑んでる』
「…………っ」
『あの日のあんたの言葉はウソだったの?』
「嘘じゃ、ねェ…!」
『私じゃ大剣豪になれなかっただろうって思ってるんでしょ?』
「違うっ!!」
『………私も、男の子に生まれたかった』
「………………っ!!」

くいなの幻影がゾロに纏わりつく。
払っても払っても振り解けない気がした。
それは、ゾロの心に生まれた闇。心の葛藤。
女を否定できない。それはくいなをも否定することになるから。
女を否定したい。俺は男だという自負があった。女は弱いという考えがどこかにあった。
それらの狭間で、ゾロはどちらの想いも捨てられずにいた。
どの想いに囚われても、絶望感が襲った。
どうすればいいか、わからなかった。



いつどこでどのような状況であっても、ゾロの天才的迷子癖は健在だった。
いや、何処を目指すわけでもなく走り回っていたのだから、迷うのは当然であろう。
いつの間にか裏町に足を踏み入れていた。
ゾロ自身は気付いていなかったが、奇しくもその場所は、サンジが最初に捕らわれていた界隈だった。
そう、薬でゾロを女にした、あの連中の縄張りだった。
そんなことを知る由もなく、ゾロはぐんぐんと路地を進んでいく。



突然、腕を取られる。
「よぉねえちゃん。ちょっと付き合えよ」
「うるせぇ黙れ」
ゾロの機嫌は最悪だった。
歩いているうちに、どん底な気分がイライラへと変わっていった。
何に対しての憤りかもわからないがとにかく、湧き上がるイライラを歩く力へと変換した。
そんな時に挑発的な声をかけられ腕を掴まれたのだ。瞬間的に怒りが爆発する。
悪そうな奴だしブチのめしても問題ないだろうという単純な判断で、手加減することなく刀を抜く。
ゾロは基本的に出会った相手の顔を覚えない。だからこの男が昨日の連中の仲間だということに気付かない。
ただ自分に害なす存在だと認識し、刀を振るった。
峰打ちではあったが、それは確実に男の脇腹を直撃した。

ゾロが手にしていたのは雪走だった。
格納庫を飛び出す時、無意識に和道一文字を避けた。くいなを思い起こさせるから。
ゾロ自身はそのことから目を背けた。雪走は一番軽いから、と自分に言い訳をする。
今まではずっとずっと一緒だったくいなの刀。
初めて自らの意志で、その刀と距離を置いた。今、共にいるのは辛すぎた。

腹を押さえて蹲った男の呻き声に呼応するように、数人の男達が建物の影から現れる。
昨日サンジに蹴散らされた男達だが、幸運にも一日で動けるようになる程度の傷だったらしい。
ゾロはひとつ舌打ちをし、後ずさる。
逃げを打つのは当然ゾロの信念に反する。
しかし、今の体で男達を相手にするのは難しいということを、嫌というほど分かっていた。

男達がゾロを見逃すはずはなかった。
逃げた獲物が帰ってきたのである。捕らえて仕置きをして売り飛ばしてやろうと考えるのは、彼らとしては当然の成り行きだ。
「威勢がいいねぇ。今日は金髪もいねぇことだし、楽しませてもらおうか」
下卑た笑いがゾロの耳に纏わりつく。
目の前に立ちはだかった男は5人。数を数え、ゾロは一人の男に目を止めた。
体の大きな男だ。
背筋が泡立つ。髪が逆立つ。
ゾロに、薬を飲ませた男だった。
そこでようやく、自分が奴らの縄張りに足を踏み入れてしまったことに気がついた。
小さく舌打ちをする。
情報が欲しい。元に戻る方法の。
しかし、ひとりでそれを聞きだしてこの場を逃れる術を、ゾロは持っていなかった。
ゾロは日々体を鍛えてきた。だからこそわかる。
今の自分にできることとできないことが。
己の体の状態を、ゾロは正確に把握していた。
刀一本ですら自在に振ることが出来ない。そんな体で、5人の男を相手にするには、荷が重すぎた。

それはもうこの上なく不本意な決断だったが、背に腹はかえられない。
ゾロは刀で牽制しながらじりじりと移動し、一番近い角を曲がった瞬間駆け出した。
「逃げたぞ、追え!」
なんとも定番なセリフを吐き、男達が後に続く。
すぐに追いつかれるだろうことはわかっていたので、ゾロはとにかく、早く表通りに出ようと明るい方向を目指す。
幸い路地は細かった。ゾロは追いつかれても、一人づつを相手にするだけで済んだ。
伸びてくる手を弾く。峰で相手の背中を押しやり壁に叩きつける。足を払う。
しかし力が足りないせいで、決定打に欠けた。
息が上がる。手が痺れてくる。しかしもう少しで抜けられる。
あと10メートルほどで細い路地を抜けるという所で、無情にも男の手がゾロを捕らえた。
襟首を掴まれ、力任せに後ろに放り投げられる。
そのまま表通りから見えない陰に引き摺り込まれた。
壁に叩きつけられ、強烈な拳の一撃を腹に受ける。
力なく崩れ落ちそうになった所で顎を掴まれ、膝をつくこともできなかった。
「おいおい、商品を傷モノにしちまったらまずいんじゃねぇか?」
「ふん、問題ないだろ。傷モノを慰めて愛でる変態もいる」
男の醜悪な顔がゾロの顔に近づく。
「なぁお嬢ちゃん?おいたをしたらお仕置きされるって教えられなかったか?」
間近にある顔に、ゾロは唾を吐きかけた。
こいつらに屈伏するほど屈辱的なことはないと睨みつける。
「下衆が」
吐き捨てるように言った瞬間、男の拳が頬に炸裂する。
隣にあった木箱の山に、ゾロは体ごと吹き飛ばされた。
「調子に乗ってんじゃねぇよ。てめぇまだわかってねぇのか?ただの小娘になり下がったんだぞ?」
言われるまでもなく、ゾロは嫌というほど分かっていた。今の己は何の力もないただの女だということを。
だが、抵抗もせずに捕らえられるのなら死んだ方がマシだと思ったのだ。
意識を失うまいと必死に目を開ける。
「ケッ。……仕方ねぇな。抵抗する気も起きないようにしてやるよ」
そういうと、壊れた木箱の上に乗り上げたままのゾロの衣服を、力任せに破り裂いた。

頭がガンガンする。腹の痛みが引かない。
普段なら屁でもないのに、たったあれだけの攻撃でゾロの体は自由を失った。
非力な己がただただ悔しかった。

「ひゅぅ〜」
誰かが口笛を吹く。
破られた衣服の間から白い肌がのぞいた。胸の大傷は、体が変化してもそこに大きな存在感を残していた。
「おいおい、こりゃまさに『傷もの』じゃねぇか。大丈夫か、コレ?」
コレ、と言いながら、男の指が傷をなぞる。その感触に、ゾロの背中に悪寒が走る。
「マズったな。さすがにこの傷じゃ欲しがる奴もいねぇんじゃねぇか?」
「ま、ものは試しだ。当たるだけ当たって売れなきゃ捨てればいい」
平然とそんなことを言ってのけ、再びゾロの肌に手を伸ばした。
胸を鷲掴み、ゆっくりと撫でまわす。時折親指や人差し指で胸の先端を転がした。
「おっと、なかなかいい手触りだぜ」
「っ、さわるな…!」
「なら抵抗してみるんだな」
「………っ!」
抵抗ならしている。そのつもりだった。
しかし殴られた体でロクに力が入らない上に、暴れようものなら周りの男達が腕や肩を押さえ付けてくる。
刀もすでに取り上げられ、離れた場所に抜き身のまま放置されていた。
纏わりつく手の感触に肌が泡立つ。体を舐め回され、背筋に冷や汗が流れる。
ゾロには触れずただ見ているだけの巨漢の視線にも不快を感じる。
このまま犯されるなど真っ平御免だ。
しかし今のゾロに為す術はない。ただひたすら、男達を睨み据えるだけだった。
「おお、いい目だ。こういう強気な『女』を力ずくで捩じ伏せるのは楽しいだろうなあ」
げらげらと笑いながら、胸を弄っていた男が自らのボトムに手をかけ、前を寛げた。
こともあろうか、ゾロの髪を掴んでソレに引き寄せる。
「ほら、口開けてしっかり奉仕しやがれ」
目の前に既に勃ち上がりつつあるそれを突きつけられるが、ゾロは決して口を開けようとしなかった。
悪寒が走る程の感触を頬で感じる。何度もそれで頬を叩かれるが、死んでも口にするかと歯を食いしばる。
その抵抗も、わずかな時間しか続かなかった。
腕を押さえ付けていた男が無理矢理ゾロの口をこじ開けようとする。
刀を銜えて振り回す程の顎ならば、最後まで抵抗できただろう。しかしその抵抗は無駄に終わり、男の手によって徐々に口を開かされた。
そこに勢いよく、勃ち上がったモノを喉の奥まで突き入れられる。思わず嘔吐くが、吐く暇も与えられずに何度も口を犯される。
「へへっ、その、綺麗な顔を、汚して、やる、よっ!」
一段と動きが早くなったと思った次の瞬間、口内から熱を引き抜かれ、かわりに顔全体に熱を感じた。
「ひゅ〜、いい眺めだぜ?別嬪さん」
顔で受け止めた熱は、急速に冷えていく。しかし熱が冷え切らぬうちに、新たな男に口を犯され始める。
「次は俺の番だ。おい、しっかり咥えろよ」
先程の男と同じように、思うがままに腰を振る。
「おおお、最高だぜっ」
がっしりとゾロの顔を掴み、前後に激しく揺さぶる。
相手のことなど考えない、ただ自分が上りつめるためだけの行為だった。

ぼんやりとしてくる意識の中、ゾロは純粋に怒りを感じていた。
女の体になってから、ずっと戸惑っていた。男の自分との違いに。
どうしても比べてしまうのだ。いつもならもっと…と。
それは仕方のないことだった。意識が覚えている感覚と、現実に感じる感覚の差が大きすぎた。
しかし、追いこまれて気付いてしまった。
このまま、ただ嘆いていても何も解決しないのだということに。
目指すものがある限り、何があろうと自分なりに立ち向かっていかなければならないのだということに。
ナミもロビンも、自分なりに、自分が出来る方法で生きてきた。
そして、くいなも、女である自分と向き合おうとしていた。
自分一人が、腑抜けているわけにはいかなかった。

こんな所で終わる気などない。
女だからといって馬鹿にするな。
俺は俺だ。体が変わろうと、それは誰にも変えられない。
俺は、俺だけのものだ。何人たりともその信念を侵すことはできない。
強くなると、そう決めた。
弱くなったのなら、一から鍛え直せばいい。
惨めだろうと何だろうと。
這いつくばってでも、俺は強くなる。
決して、負けねェ。
ただされるがままだと思うなよ。
俺を、嘗めるな。

怒りが、目の前を覆っていた暗雲を払い除ける。ただがむしゃらに、怒りを目の前の男にぶつける。
ゾロは一度、その口を大きく開けた。

「ぎゃああああああ!!」
力の限り、口内を犯すそれに噛みついた。
「痛え!痛えええええ!!」
蹲る男に嘲笑を浮かべる。
「……残念。噛み切れなかったか」
笑いながら言ったゾロの頬に、巨漢の拳が炸裂した。再び、既に崩れている木箱の山に向かって吹き飛ばされる。
「……生温いお仕置きでは、効果がないようだな」
そういうと、埋もれているゾロの体を引き摺り出す。
「思い知れ。所詮はただの女だということを」
顔を、腹を、何度も殴られる。
すでにボロボロになっていたシャツを全て剥ぎ取られ、男の手が下半身にのびる。
今度こそ意識を保つことが出来なくなったゾロは、目を閉じる直前、視界に一瞬金色を捉えた。



「覚悟は、出来てんだろうなァ」
怒りに我を忘れるという経験を、サンジは何度もしたことがある。
つい昨日も経験したところだ。
元々、逆上しやすい性格だということも自分自身で把握していた。
しかしこれほどまでに相手を殺したいと思ったことは数少ない。
今が、その数少ない時だった。
サンジの目に映っているのは、今まさに男達に犯されようとしているゾロの姿だった。
いや、ある意味ではすでに間に合わなかったのだろう。ゾロの顔には、男の精液が纏わりついていた。
それに加え、顔も全身も傷だらけ、散々殴られたあとが生々しく残っている。
上半身は纏うものもなく晒され、男達の手が触れていた。
「誰から死にたい?」
「き…金髪…!」
男達の間に動揺が走る。つい昨日見た顔だ。仲間を蹴散らされた時の凄まじさを思い出す。
逃げ腰になったのを見逃すサンジではなかった。
一瞬にしてゾロに手をかけていた巨漢に詰め寄り、鳩尾に強烈な一撃を入れる。
こいつは、ゾロに薬を飲ませた男。
間髪入れずに、ボトムをだらしなく寛げている男に踵落としを食らわせ、股間を蹴り潰す。
こいつは、ゾロを汚した男。
恐怖のあまり立ちつくしていた男二人にも、壁にめり込む程の蹴りをお見舞いする。
一人は顔面を潰し、一人は内臓を潰した。
反転し、まだ息のある巨漢に再び襲いかかる。
どれほど身体が筋肉に覆われていようと、鳩尾を強打されれば息をすることもままならない。
立ち上がることすら出来ない相手など、サンジの敵ではなかった。しかし決して容赦はしない。
右手を潰し、左手を潰し、再び鳩尾をつま先で蹴り、最後は喉を潰し、息の根を止めた。

ゾロに噛みつかれ蹲っていた男は、目の前で起こった惨状にただただ震えていた。
次はおのれの番だと恐れ慄いた。
「おい」
「は、はひっ…!」
声が裏返るのは仕方がないだろう。先程まで共に女を嬲っていた仲間が一瞬にして死体となったのだ。
「元に戻す方法を教えろ」
「え…あの……」
「こいつを、男に戻す方法だ」
「そ、それ…それを言ったら……た、たすけて、くれますか……?」
震えるその声に、サンジの目が光る。
「ひぃっ!言います!言いますっ!!」



5分後。
その場に残っていたのは、無様な姿で血まみれとなった5つの遺体だけだった。




















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