『あんたって、ホント馬鹿よね』
「くいな…」
『少しは私の気持ち、わかった?』
「……かもな」
『ったく、女になったくらいであんな情けない姿晒すなんて、未来の大剣豪が聞いてあきれるわ』
「……返す言葉もねぇな」
『女の子だってちゃんと逞しく生きてるんだから、今度馬鹿にしたら許さないからね』
「馬鹿になんてしてねぇだろ?」
『したわよ。女じゃ大剣豪になれないって思ったんでしょ?それって私に対する侮辱だわ』
「……………悪かったよ」
『やっぱり男に戻りたいんでしょ?』
「そりゃ……俺は元々男だぞ」
『どうせだから女の大剣豪目指したらいいじゃない。彼氏くんもあんたが女の方がいいんじゃない?』
「くいな」
『………………』
「俺は、あいつの為に女になろうなんて思わない。あいつも、そんなこと望んじゃいない」
『………………』
「二度と言うな」
『………………。なんだ……ちゃんとわかってるんじゃない。あんた、謝んなさいよ』
「何を」
『あんた、彼氏くんに言ったじゃない。自分が女になってそんなに嬉しいかって』
「………」
『彼、気にしてるよ』
「……そうか」
『でも、ごめん。ひどいこと言った』
「いや……俺も、悪かった。あいつのも、ちゃんと謝る」
『うん。……さ、そろそろ起きてあげなさい。心配症の彼が待ってるよ』
「そうか。……なあ、くいな」
『ん?』
「絶対、世界一になるから、待っててくれよ」
『……待ち惚けを食らわないことを祈ってるわ』
「余計な心配だ」
『フフ、そうね。楽しみにしてる。……それじゃ、ね』
「……ああ」



ゆっくりと目を開ける。
目に入った光景は、やはり女部屋の天井だった。
「ゾロ、大丈夫?」
聞こえたのは、この部屋の主であるナミの声だった。普段は決して聞かないような、弱々しい問いかけだった。
平気だと言おうとして咳込む。衝撃で全身が痛むが、腹と頬が特にひどかった。顔を顰めるだけで痛みに耐えなければならない。
「チョッパー呼んでくるわ。待ってなさい」
慌てた様子で出て行くナミを見送ると、もう一人の部屋の住人が今までナミが座っていたベッド横の椅子に腰掛ける。
「航海士さん、随分と心配していたわ」
「……めずらしいこともあるもんだ」
ゾロはできるだけ顔の筋肉を使わずにぼそぼそとしゃべる。
「あなた、かなり酷い怪我なのよ?彼女は女の子の怪我に敏感なようだから」
「………そういや、俺はいつの間に帰ってきたんだ?」
「コックさんがあなたを見つけたのよ。随分と心配していたわ」
「……そうか。………あいつを、呼んでくれねぇか?ふたりで話がしてェ」
「船医さんに診てもらわなくて大丈夫?」
「後でいい」
「そう。わかったわ」
ロビンが立ち上がり出て行くと、静けさが部屋を満たす。
目を閉じると、微かに声が聞こえる。ルフィの、ナミの、ウソップの、チョッパーの。
段々と声が近づく。しかしそれらの声は途中で止まり、しぶしぶとまた離れていく。
扉の開く音がする。人が入ってくる気配。扉が閉まると、入ってきた人物はそのままそこに立ち尽くした。
沈黙が部屋を支配する。

「……怪我は?」
最初に沈黙を破ったのはサンジだった。
「問題ない」
「………そうか」
「……ロビンの服、ひとつ使い物にならなくしちまった」
「っ……ゾロっ!」
「サンジ」
悔しさと戸惑いと怒りで顔を歪めるサンジに、ゾロは目を開き、顔を向けた。
「悪かった」
「……え?」
「俺が女になって嬉しいか、なんて言って、悪かった」
「っ、違う、お前は悪くない」
「ヤツ当たりだった」
「違うゾロ!……俺はあの時、お前を、女として、扱った……!」
「仕方ないことだろう?実際女になっちまったんだから」
「けど……お前が嫌がっていたのを俺は知ってた。でも、気付かないふりをしてた」
「……本心から、俺がこのまま女でいればいいとは、思ってなかっただろう?」
「…………一瞬だけ、考えた。でも!一瞬だけだ!女のお前が欲しいわけじゃない!」
「なんだ、女を見れば目の色変えるくせに、お前実は男が好きなのか?」
「な……!」
クスクスと笑っているゾロに、からかわれたのだと気付き、サンジは目元をうっすらと染める。
「お前、マジメな話してる時にくだらねぇ冗談言うんじゃねぇよ!」
「ハハッ、最初っから神妙なツラしないでそうやってバカな顔してりゃいいんだよ」
「バカとはなんだこのアホ剣士!」
「阿呆もお前だろ」

何やってんだ俺は、と、サンジは自分を叱咤した。なんで怪我して寝ているゾロに励まされているんだ。立場が逆だろう。
ゾロを見つけたとき、一瞬体が硬直した。間に合わなかったと思った。
逆上してその場にいた全員を踏み潰した。
最後まで犯されたわけではないと気付いたとき、心底安堵した。
しかし、腫れ上がったり痣になったりしている顔や体を見て、女に容赦なく手を上げた男達をやはり許せなかった。
ゾロの気持ちを察してやれなかったことを悔いた。
己の愚かな言動でこんな目に合わせてしまったことを悔やまずにいられなかった。
己がしっかりしていれば、ゾロが船を飛び出すこともなかったのだ。
汚らわしい男達の精液で濡れたゾロの顔が痛ましかった。
すべて自分のせいだと、ゾロに謝らなくてはと思ったが、あわせる顔がなかった。
そのゾロから話がしたいと言ってくれたのが、サンジにとって何より救いだった。
例え別れ話になろうと、このまま避けられるのだけは耐えられなかったのだ。
また一緒に馬鹿やっていいんだと、許された気がした。
まだゾロを好きでいていいのだと言われた気がして、本当に嬉しかった。

「……元に戻れる方法、聞きだしてきた」
「……ホントか……?」
「ああ」
「どうやったら戻る……?」
「………先に体を治してからだな。その体になった時もそうだったが…やっぱり、相当負担がかかる」
「そうか……わかった」
「それじゃ、今は寝ろ。さっさと治しちまえ」
「ああ。………なぁ、サンジ」
「ん?」
「……ありがとう」
「……っ、いいから、寝ろっ」
クスッと笑い、ゾロは目を閉じた。やはり体はまだ休息を求めていたのだろう。すぐに寝息が聞こえはじめた。
ゾロが寝入ったのを認め、サンジは顔を歪めた。
顔を手で覆って俯く。

元に戻るための方法は、ゾロにとって辛いものになるだろうと、サンジは憂えた。



「ゾロー!!ゾロゾロゾロゾロゾローーーーー!!」
「うるせぇルフィ!一回呼んだら聞こえる!」
「胸さわらせてくれ!」
「はあ?またかよ……」
3日後。麦わらの一味はまだ島に留まっていた。ログは溜まっているが、ゾロの体がまだ戻っていないせいだ。
元に戻る方法は得たものの、ゾロの体の回復を待っていたのだ。
サンジがさんざん脅して手に入れた情報なので間違いはないはずだが、万が一を考え、元に戻ってからの出航となった。

ゾロがベッドから起き上がってからというもの、ルフィはゾロに構い倒していた。
女の姿に興味を持ち、純粋に下心なしでそのいつもと違う感触を楽しんでいるものだから、ゾロは苦笑するしかない。
そんな様子に腹を立てていたのは、当然のごとくこの船のコックであった。
サンジはキッチンの前の手摺に寄り掛かりながら煙草をふかし、甲板で戯れる船長と女剣士を眺めていた。
気安くゾロにさわんじゃねぇそいつは今デリケートなんだっていうか俺のコイビトなんだ俺だってさわりたいぜちくしょう。
と、大人げないので表には出さないが、内心は嫉妬の嵐だった。
ゾロが、体も心も元気になってきたのはもちろん嬉しい。しかしそれはルフィのおかげなんだよなと思うと何だか釈然としない。
釈然としないが、これで元に戻ることが出来る。
「んん〜やっぱり柔らかくて気持ちいいなあ〜」
「お前、そんなに女に興味あったのか?」
「うーん、あるわけなじゃいけど……ゾロだからな!」
「ナミのじゃ駄目なのか?」
「だめだ。さわってみてぇけど、さわったら殺される」
「いや、殺されはしねぇだろ。ありえねぇ額を請求されるだろうがな」
「だはははは!違いねぇ!!」
こめかみに青筋を立て、ぎりぎりと歯を食いしばる。銜えていた煙草が千切れて使い物にならなくなり、口の中に苦味が広がった。
落ち着け冷静になれすべてはゾロの為だ、と自分に言い聞かせる。
ゾロは、随分と元気になった。
……今夜。
今夜、話してみよう。元に戻る方法を。



「コック、酒くれ」
ほぼ毎晩、ゾロはキッチンを訪れる。チョッパーからドクターストップがかかっていようが、素直に聞くゾロではなかった。
怪我で寝込んでいたその日はねだる元気もなかったせいか何も言ってこなかったが、その次の日はしっかりキッチンの扉を開けた。
「ったく、酒豪は相変わらずだな。チョッパーの許可は?」
「んなのいらねぇよ」
「お前なぁ、少しは言うこと聞いてやれよ」
「酒、飲みたい」
「………はいはい」
サンジはねだられると弱い。出すのはまずいと分かっていてもつい甘やかしてしまう。
「少しだけだからな」
「おう、さんきゅ」
酒を得た時のゾロの笑顔の可愛さったらないんだよ!といつも悶えてしまう。
これぞ惚れた弱み、だ。
しかし今日は、酒を飲みながら穏やかな時間を……とはいかなかった。

ゾロの向かいの席で酒に付き合いながらも、どうにも言い出しにくく様子を窺っていると、ゾロが先に痺れを切らした。
「おい、何だよさきから。言いたいことがあるならはっきり言えよ」
怪我人の自覚が多少はあるのか、いつものように一気に飲まず舐めるようにちびちびと飲んでいたゾロが、訝しげにサンジを見る。
「……あー、その……何だ」
ゾロが促しても言い辛そうに何度も口をぱくぱくさせていたが、ついに決意したように一度唇を引き結んだ。
「……手ェ、出せ」
席を立ち、スーツの内ポケットに入れてあったものを取り出してゾロの手のひらに乗せる。
それは透明な袋に保管されていた、見覚えのある錠剤だった。
ゾロの眉がぴくりと跳ねる。
「……元に戻る為に必要な、薬だ」
「……俺が飲んだものと、同じものか…?」
「…………………」
サンジは怖かった。ゾロがどんな反応を見せるか。
しかし言わないわけにはいかなかった。もうそれを渡してしまったのだから。
「……そうだ。お前が飲まされた薬と同じだ。俺が奴らから奪ってきた」
またぴくりと、ゾロの眉が跳ねる。
「チョッパー曰く、……まぁ専門的な話はよくわかんねぇんだが、大雑把に言うとホルモンのバランスを崩すものらしい」
「…………?」
「体内で女性ホルモンに作り変えてしまう性質を持ってるから、お前の体が女になっちまったんだと」
「……それで、なんで元に戻るのにまた同じ薬なんだ?」
「……………その薬だけじゃだめだ。もうひとつ、あるものを一緒に体内に取り込むことによって、男に戻れるらしい」
「あるもの……?」
サンジの顔が歪む。
「精液」
ゾロの眼光が鋭くなる。
「…………薬と一緒に精液を吸収することで、薬の性質を変えるっていう強引な方法だ」
「……この体で、男と交われってことか」
「いや……」
サンジはゾロから目を逸らす。
「……口から、取り込まなきゃいけないんだ………」
ゾロの脳裏に男達の下卑た笑いがよぎる。
伸びてくる腕。押さえつけられる体。咥え込まされたモノ。
唇を噛みしめる。動揺を出すまいとするが、唇の震えが止まらない。顔面からは血の気が引いていた。
「………その薬は、吸収が早いらしい。薬を飲んですぐに精液も飲み込み、体内で反応が起きたら男に戻れる」
「…………………」
「……決心がついたら呼んでくれ。……相手には、俺を選んでくれんだろ?」
にやりと冗談めかして笑い、サンジはキッチンを後にした。



サンジは毛布を持って格納庫へ入る。今夜は無理かもな、とは思いつつ、朝まで待つつもりだった。
格納庫には火薬が置いてあって危険なので、火は付けずに煙草を口に挟んでもてあそぶ。
ゾロにとっては、酷な話だ。犯されかけたところなのに、同じ行為でしか元に戻れないのだ。
男達4人を片付けたあと、残った一人から聞きだしたことだった。あの状況で嘘を言うとは思えなかったが、薬を持ち帰りチョッパーに調べてもらった。
「おそらく本当だろう」とチョッパーは言った。戻る方法は他言無用だと念を押しておいた。医者には守秘義務がある。彼ならば守るだろう。
本当は女の体を抱いてみたいなとは思った。
しかし、それでゾロが傷つくようならば抱かないと決めた。無理矢理じゃ意味がないからだ。
本当はもっと助けになりたかった。だがゾロは拒否するだろう。本人は気付いていないようだが、サンジが触れようとすると無意識に距離を取る。
男の下心に敏感になっているようだった。
ルフィの場合は単純すぎて拒否する対象にはならなかったのだろう。それも少し悔しいが。
毛布をかぶり、床に寝ころぶ。
ゾロが気になって寝不足な日々が続いていたが、キッチンで悩んでいるであろうゾロを想うと、眠気など訪れなかった。



格納庫の扉が開いたのは、それから2時間程経ってからだった。
「ゾロ……」
ゾロが立っていた。暗闇で表情までは見えない。
サンジは起き上がり、近づいてくるゾロをその場で待った。
「………決めたか?」
「……ああ」
お互いに少し、声が上擦った。
そして次の言葉に、サンジは息を止めた。
「サンジ。………俺を、抱いてくれ」
「…………っ!?」
驚愕の一言だった。ゾロからそれを望むなど考えてもいなかった。
「おま……っ、何、考えて……」
「………頼む」
ゾロは自らサンジに近づき、ゆっくりと腕を腰に回した。
「………お前、体ガチガチじゃねぇか。無理すんな」
サンジはあやすように、脅かさないように背中をぽんぽんと叩く。
肩に顔を埋めながらふるふると首を横に振り、ゾロはぎゅっと手に力を込めた。
「俺が、そうしたいんだ……」
「けど……」
「頼む。……わけわかんなくなるくらいに、してくれよ………でないと、いくらお前のでも、飲める自信ねぇんだ」
ぴくんと、サンジの体が揺れる。密着しているせいで、恐らくその動揺を悟られただろう。
「だから……頼む」
「ゾロ……」
サンジはゾロの肩に手を置き、少し体を離す。
身長も少し縮んでしまっていたため、普段は真正面で交わる視線が少し低い。
体を繋げる時は、大抵キスから始まる。
サンジはゆっくりと、その唇に己のそれを合わせた。




















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